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薔薇
「ねえ、ステラ。今晩のトマトのキッシュ、とても楽しみだわ。お願いね」 そう言って選りすぐりの英雄トマトたちをステラに差し出した。紙袋から溢れださんとしていたトマトを慌てて抱えたステラは痙攣するお腹と顔筋をぴくぴくさせながら、頷いた。 「あはっ。はい。お嬢様。腕によりをかけて」 「はいはい。いつまでも笑ってないで、ほら」 クランスが車の扉を開けて待っていてくれる。つい嬉しくて頬を緩めたローズはテコでも動きそうにないステラをぐいぐいと押しやって車の中に入れ、その後から自分も乗り込んだ。 車はゆっくりと発進され、クランスもローズも、ステラも無口だった。 その中でふと、窓の外を見る。いつもの光景。いつもの街。 けれどあれが決定打だったかもしれない。いつもどおりの変わらない街の風景に滑り込んだ異質者。彼が、あの長いフロックコートの黒い男がこの街に入り込んだことが、全ての変わり目でないかとローズは考えた。 頭痛がしはじめて、それに耐え切れずローズは窓に寄りかかるようにして目を閉じたのだった。 「おい、クロウ・リー、見つけたのか?」 黒髪の少年が建物の屋上から眼下の景色を眺める男に尋ねた。 手入れのされていない白銀の髪の男は、突風吹く中でもその顔を一つも変えない。ただ静かにその高い場所から街の様子を見ているに過ぎない。 男はいつも無口、無表情で何を考えているのか、一つの事柄を覗いてさっぱりわからなかっただけに、自然と自分の顔も不機嫌になる。 沈黙に耐え切れず頭の上にかぶっていたゴーグルを片手で引き下げ、首にかけた。 けれどいつまで経っても彼は離そうとしない。ただ待ちの様子を眺めるだけ。 まあ、答えないだろうと思いながら自分もそれを眺めた。 建物の下にはたくさんの人間がひしめき合っている。いつの時代になってもマーケットというのは同じような有様らしい。 「 しばらく間が空いたことと、男が珍しく口を開いたことと相まって少年は口をあんぐりと開けた。 ええ? 今なんて言ったって? 我が耳を疑った少年は、彼を見た。めったに喋らない男が口を開いたのだ。まさに奇跡の様な確率で。 白銀の髪、煙がかかったような紫紺色の瞳の男を改めて少年は見た。 「俺は、このまま後をつける。見失っては困るからな。お前は、K、エミリアに見つけた、ということを知らせてくれ」 「ええ? ちょ、まって!! 本当に見つけたのかよ!!」 今まであちこち探したけど全然見つからなかったのに、と毒づいても、声を向ける相手は既にここにはいない。気配を追って、行ってしまったのだ。 Kはがっくりと肩を落とした。そしてゴーグルを目に装着しようと手をかける。と、その手がぴたりと止まった。 「K・・・・・・本当に、見つかったの?」 静かで柔らかな声がKの耳を打った。 振り返れば、卵色の髪の女性が驚いたような表情でこちらを注視していた。 「う、うん」 女性はとことこと歩いてきて、よしよしとKの頭を撫でる。 手に持っているのは子供用の外套だ。それをKの背中に回して、前でしっかりとボタンを留める。 「カナリア・・・・。うん。見つかったって、クロウ・リーが」 「アウレスター博士が? そう・・・・・彼がそう言ったのなら、本当にそうなのでしょう。今日は雪が降るそうよ、K。雪が降らないうちに早く帰りましょう」 子供手を引くように、カナリアの白い手が伸ばされる。どこを見ているかわからない澄んだ眼が天を仰ぐ。Kはその隣で同じように天を仰いだ。曇天だ。この寒さでは必ず今日中に、もしかしたら後二時間以内に雪が降るかもしれない。 目の見えないカナリアの手を逆に引いて、Kは歩き出した。
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