薔薇(R O S E)


 

 East(イースト) River(リバー)に架かるブルックリン橋を渡り、マンハッタン地区の中央Upper(アッパー) East(イースト) Side(サイド)にあるタウンハウス。赤レンガ造りの立派な門構えの屋敷、センツァバーグ家に一台の自動車が止まった。騒々しいエンジン音に驚いた屋敷の家人が、慌てた様子で扉の内側から姿を現した。

気を失うように眠りこけたローズを腕に抱いて、少しばかり慌てた様子のクランス・フォン・クライストガーデンが婚約者の玄関を潜ったのは、丁度四時二十分を回ったころだった。迎え入れた執事が顔を白く、いや、青くだったがさせて、すぐさま適切な指示を侍女や従僕に出した。

 三階にある彼女の私室にローズ・センツァバーグを運び終わったクランスは、執事が呼びにくるまでその近くの椅子を引いて、脂汗を浮かべる婚約者の額の汗をぬぐっていた。しばらくたつとセンツァバーグ家の有能な執事、アンバーが客人を呼びに部屋を訪れた。

「クランス様。旦那様がお呼びです。階下のティーサロンへご案内いたします」

どうやら婚約者のローズが、街に使いに出ているらしいということは知っていたが、まさか車に撥ねられていようとはとんと思わなかった。侍女のステラを庇うためとはいえ、彼女のうそは出来すぎていた。確かに衣服にはトマトの染みが広がっていたが、その他大部分は確かに血液だった。けれど、そのほとんどは既に乾燥した欠片のようにぱらぱらと零れるだけなのだ。部屋に運ばせてから医者が来たが、医者は特に目立った外傷はないといっていた。一体あの粉はなんだったのだろうか、という疑問が浮かび上がっては消える。

とりあえず傷が無いということにはほっとしたが、昏々と眠っているローズの表情は苦しそうだ。どうやら撥ねられた時に頭を打ったらしい。もしその轢いた奴を見つけたら、八つ裂きにしてやろうと心に決めて、クランスは立ち上がった。

「ローズ」

甘栗色の、赤毛でも茶色でもない、深い赤がかった髪の毛が枕に広がっている。額に張り付いている絹糸のようなそれをほどいて、好きやり、熟れた果実のような頬に手を滑らせる。自分の手が冷たいと思えるほど、彼女の体温は高かった。

 クランスは身を屈めて額に唇を落すと、ずり下がっていた掛け布団をしっかりと肩までかけてやり、扉まで歩き始めた。すると目の前の扉が開き執事が顔を出した。

 開かれた扉の外までクランスは出た。そして一度だけ婚約者の眠る寝台を見ると、目を閉じた。

「クランス様、ご心配をおかけいたしました。ステラには後できつく申し付けて起きますゆえ、ご容赦ください」

扉を閉めながら、白い髭の執事が眉間にしわを刻んだ。

「や。心配ない。いくらステラが止めたとしても窓から飛び降りてしまうような婚約者なので。どうか、誰も咎めず。それよりも、ローズを轢いたという男のことだが」

「旦那様がすでに手を回しておられます。・・・・・それより、今晩はどうなさいますか?」

友人にして元上司が自分の婚約者に会いにわざわざ英国から来たという話だ。






    

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