薔薇(R O S E)


 

「そうだな・・・・・。式が終わり次第、とにかく英国にいる家族の元に連れて行きたい。社交界にもでてもらわなければならないからな。そのためのパイプラインとして伯爵をお招きしたんだ。とりあえずローズには会わせられなくてもご両親にはご紹介しておきたい」

「承知いたしました」

階段を下りながら、クランスは頷いた。それでも忙しい合間を縫ってわざわざここまでお越しくださったのだ。いくら婚約者があのような状態でも、そのご両親とはあっていただきたかった。寧ろ、今回はあの気難しいアルバート伯(ロード・アルバート)が珍しく進んでこちらに来てくださったのだ。失望させるようなことはできるだけ避けたいものだ。

ビロードの紅い絨毯の敷き詰められた廊下を通り、その一番豪華な造りの扉を執事がノックする。

「旦那様。クランス・フォン・クライストガーデン様でございます」

「お通ししなさい」

ゆっくりとしわがれた声が扉の内側から漏れ、執事は頷いて執事はタイミングよく扉を押し開けた。青い絨毯の上に、二人の人物が立っていた。

「お久しぶりでございます。センツァバーグ卿。アンナ様も」

 クランスは軽く会釈をした。

 髭の老紳士は穏やかな笑みを浮かべてゆっくりと手前の席を進めた。ゆっくりと歩き皮のソファに腰をかけると、それに習って彼の老婦人も腰を降ろす。

 これがローズの養父母、センツァバーグ夫妻である。長年子供に恵まれなかったが二年前、ローズを引き取った。そして養女にし、こうして暮らしているのである。センツァバーグ卿は一見するとても温和な人物のように思われがちだが、実は裏の権力を一分掌握しているという隠された姿(hidden scene)もある。頭も切れ、政治的な手腕もある。十五年前に妻のアンナと一緒に英国から移り住み、爵位を持つ数少ないアメリカ人として暮らしている。まあ、アメリカ人といってもほとんど移民である。いったい何を持ってアメリカ人と呼ぶのかは問題だ。自由? 共同性? 利己的? 労働主義? 異民族の集合体?

 まあ、なんにせよ、アメリカという土地はさまざまな部品(パーツ)の寄せ集めのようなものなのかもしれない。

 センツァバーグ卿はなぜか英国を毛嫌いしているふうで、爵位付きで呼ばれることを好まない。よって仕方なく、男爵ではなく、卿、と敬意を込めて呼ぶことになっている。どちらにしろ同じことだと思うのだが。

その彼が、何故自分とローズの婚約を承諾したのか、クランスにはいまだによくわからなかった。

クランス殿(ミスター・クライストガーデン)もお元気そうで、何よりですね」

老婦人がそう言ってにっこりと微笑むと、不思議とローズに似ている。血のつながりはないはずなのに不思議なものだった。

その隣で柔和な表情を崩さないまま、センツァバーグ卿が口を開いた。

「この度はローズがとんだ御迷惑をおかけしてしまったようで。全く、困ったじゃじゃ馬娘です」

「まあ、お医師の話ですと外傷もなく、わたくしたちは安心しているのですけれど。あなたに迷惑がかかってしまったことだけが気がかりで。それで、今晩なのですが」

「はい。僕なりにもいろいろ考えまして。ローズはあの通りですので、仕方ありませんが・・・・、もしよろしければ、アルバート伯(ロード・アルバート)に会って頂けないでしょうか? せっかく僕の婚約者に会いに英国からわざわざお越しくださったのです。もちろん、承諾していただければ、の話ですが

 扉の向こうから音がして、止まる。扉が叩かれて、センツァバーグ卿が許可すると、茶器の載ったワゴンを押して、執事が入室して来た。

 本来ならば次女や従僕にやらせてもいい仕事だが、今回ばかりはそうもいかない。ご令嬢ローズの、大事な婚約者であるクランスに恥をかかせてはいけないからである。センツァバーグ卿は嬉しそうに微笑んで、クランスの話を一端きり、紅茶を進めた。

「英国では黒い飲み物(コーヒー)ではなく、紅茶(ティー)でと相場が決まっているそうですなとっておきのよい茶葉が手に入りましたので、旦那様の命で御用意いたしました。クランス伯の舌に合うかはわかりませんが」

 手際よくカップを暖め、英国のアフタヌーンティーの作法にのっとって優雅に給仕をしていく。亜麻色の液体が白いカップに注ぎこまれ、音もなく目の前の硝子の机の上に置かれた。

 ミルクポットと、シュガーケースも一緒に。

「薫り高い紅茶だ。アッサム、ですか? 僕は一応英国の出ですが、遊学を随分としていて、今でも紅茶だけはよくわかりません。母などは、お前はれっきとした英国人にもかかわらず紅茶のこともわからないのか、とよく言われます。僕が知っている茶葉といえば、恥ずかしながらメジャーなものばかりで、アッサムと、アールグレー、この二種類です。味覚音痴というわけではないのですが、味を感じ分けるのは僕にとって至難の業ですね」

 にっこりと笑って、ストレートで口につければ、ふんわりと柔らかな薫りがした。

「まあ」

くすくすとアンナは微笑み、口に白い手袋の手を当てた。

「英国といえば、シーズンは大体五月くらいでしょうか。式は来月の予定ですから、それまでには何とか一式揃えて娘をおくってやれそうです」

 流石はセンツァバーグ伯が御婦人だ。何でもお見通しということだ。

 紳士は頷いてクランスをじっと眺めた。






    

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