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薔薇
頬を誰かの冷たい手が撫でた。氷のようにつめたい手だな、と思って小さく笑った。 ローズは目を醒ました。随分長いこと夢を見ていたと感じながら。吹き零れるように唸る音がする。もしかして、吹雪いているのかもしれない、そう思って、ゆっくりと眼を開けた。天井がすぐに目に入る。 「ここは・・・家?」 しかもうどうやら自分の部屋のようだ。車に乗ったところまでは覚えているが、どうも記憶が曖昧で、何があったのか思い出せない。長い夢を見ていたような気がする。この今が、まるで夢であるかのような長い、長い夢だ。 車の中でぼんやりと外を見ているうちに、とてつもなく頭が痛くなり、耐えるように目を瞑っていたらいつの間にか、ここにいた。 その割れるような頭痛は今ではその片鱗すらない。上半身を起こして、ローズは窓の外を見る。正面にあるベランダを寝台から見れば、やはり音は正しかった。轟々と音を立ててこれでもか、というくらい激しく雪が降っている。斜めに雪が流れていっていることから、どうやら風が割合強いらしい。 「今、何時だろう・・・お腹、すいたな」 ぐーと情けなく音をたてる腹。ローズは寝返りを打った。右側には扉があるから、ついついいつもの癖でその反対側、小さな机のある、上り窓のあるほうに身体を向ける。 あーふかふかの寝台で寝れるってホント幸せー。それにしてもお腹がすいたわね。 ああ、そういえば、今日はクランスの友人が来る話になっていたけれど、あの話はおそらく没になるわね。しかも車に轢かれたことも見事にばれちゃってるような気がするし、後で大目玉食うような気がする。うう。しんどい。 「あら? こんなところにオブジェなんかあったかしら?」 黒い塊がそこにあって、よくよく見れば布のようだった。突き詰めてみればフロックコートのようであり、それが小さく記憶に振動を与える。どこかで見たような代物である。上等な仕立てのようだったが、あちこち擦れたり薄汚れたりしている。真っ黒な布地に走る白い線を気にして、目をしかめた。 クランスの忘れ物だろうか。 そう思って手を伸ばす。 やあ、この重厚感は違う。こんなに重そうなフロックコートをわりあい華奢なクランスが着られる筈が無いもの。としたら一体誰のものだろう。 本人が聞いたらきっと激怒しそうなことを考えながら、はて、と首をかしげる。 そうしてそのまま、ローズは今見える位置からさらに上へ視線を上らせた。 「うーん、と。整った顔立ちは私の好みのど真ん中。不機嫌そうな面立ちも十点満点。眉間に寄せた皺さえなければ男前。珍しい色の瞳は貴重だわ。今時紫紺色の瞳なんてめったにないし。て言うか人間の眼? 髪の毛は、それ鬘? ともすれば真っ白だから、白髪かしら。銀髪って言い張る人がいるけど、そこが紙一重なのよね」 うんうんと勝手に納得しながら顎に手を当てて、ローズはふと考えた。 こんな知り合い、いたかしら。いや。こんな知り合いはいない。 はっとローズは硬直した。 いつの間に、いつから、何故彼はここにいる!? ローズは目を見開いた。けれど年頃の娘たちのように感情のまま悲鳴をあげるような性分ではない。思いつくままなんでも言ってしまう性格だったが、その手の悲鳴とは縁がなかった。しっかりと肝が座った彼女は、それに向かってこうのたまった。 「どちらさま?」 無言。 「ここは多分、私の頭がおかしくなったのでなければ、私の自室だったと思うのだけれど。一体あなたはどうやって入ったのかしら?」 無言。 「あのねぇ、人に話しかけられたら、きちんと相手しなさいよね。放置なんて最悪なのよ?わかる、さ、い、あ、く。あなた、不審人物。不審人物確定なんだからね?」 無言。 ぴくりとかすかにそれが、どう見ても青年のそれが、片眉を上げたような、気がしたが、おそらく気のせいだろう。 痺れを切らして、不機嫌丸出しでローズは一気にまくし立てた。 「あのねぇ!! 一体なんだっていうのよ!? 見舞いに来たっていうの? 誰だか言わないんだったら、人を呼ぶわよ。今から叫びだして、叩き出すんだからね!! 即行で!! いい? 聞いてる!?」 拳がシーツの下で握りこまれ震えている。
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