薔薇(R O S E)


 

 流石にそれはまずいと踏んだのか、それよりも引っかかることがあったのか男は僅かに揺れる瞳をまっすぐにローズに向けて、口を開いた。

    記憶が、ないのか・・・・」

ぽつりと零された言葉に、ローズは口をつぐんだ。一体何故この目の前の男がそれを知っているのだろうか。

目を見開いたローズの頬に、男の無骨な指が触れる。夢で感じた指と同じようで、ローズは氷漬けになったように静止した。

呆然とこちらを見上げる少女を見下ろしながら、男の指の腹が頬をなでた。親指が瞼をなでようとすれば、口付けを乞うようにローズの瞼が自然と落ちる。瞼を辿って、掌全体で頬を包み込む。指先はやがて頤に降り、唇に親指が触れた。

ぴくりと少女の体が震え、戒めが解かれたように体が動き出す。

「な、にを」

男の体が、少女の身体を覆う。黒くて重いコートが白いシーツの上に落ちた。

 腕に力を込めローズはぐいぐいと男の胸を押し返した。指は相変わらず顎にかけられている。強い意志を秘めたような瞳が、こちらに向けられて、肌が粟立った。

「う、わ、お・・・・ぎゃ・・・・・っ」

まさに叫びだそうと息を思い切り吸った時だった。

 塞がれた。

 額に男の前髪がかかる。

「っ」

何もかも乱暴に、奪い取ろうとする男の唇が押し付けられて、頭が真っ白になったローズはどうしようもなく、抵抗すらも忘れて眼を瞬かせた。

 うっすらと男の瞳が開けられてローズの瞳と遇った。

 やがて離された唇を男の親指がぬぐう。

 目を白黒させたローズは一体何がおきたのかわからぬまま、わなわなと身体を震わせた。男はゆっくりと身体を起こし、少しだけ眼を伏せた。まるでこちらが悪いコトをしたような、そんな気にさせる。

 けれど襲われたのはこっちだ。結婚前で、あまつさえ、初めてだったのに!!

「あ、あ、あんた!! い、い、いったい何をしたのかわかってんの? ねえ、そこんとこりかいしてる?」

声が裏返ったのは仕様だ。

「早く、思い出せ」

何を、とは口から滑り落ちなかった。代わりに。

「このっ、変態!! 寝込みを襲うってさいっっっていなのよ、最低!! 最っっ低な男!」

 ぐわしと腰の下に引いていた枕を掴んだローズはそれを男に向かって投げつけた。

 急に投げられたそれを男は掴み、余裕綽々という呈でそれを投げ返してきた。それは見事にローズの掌の前で静止する。

 なんつーむかつく奴なのかしら。

 歯噛みして、ローズはそいつを睨みつけた。

 ぱたぱたと扉の向こうで音がする。けれどそんなコトを耳にする余裕などローズにはなかった。ただ、むかむかとした怒りが湧き上がるだけ。

「思い出せ」

「もしっ! 万一、記憶が戻ったとしても、あんたなんか絶っっっ対思い出すものですか!!」

「人が、来る、か」

 ローズのいうことなど耳にしない。端整な顔の男は小さく呟いた。それから少しだけ名残惜しそうに微笑んで、歩き始める。

「あっ!! 待ちなさいよ!」

ずり、べたんとローズは力の入らない体を動かす。

「また、迎えに来るから・・・・それまで」

 静かに、雫が落とされるような声が発せられる。

ローズはころりと寝台から転がり落ちた。そして顔面着地。

「ぶ」

 両手をついて、体を起こそうと力を込めた。

「ローズ! どうした? 大丈夫かい?」

音を聞きつけたらしい。クランスの声が扉の向こう側からする。

「ぎゃっ、クランス!!」

こんな男と女の密会の現場のような場に入ってこられてはたまらない。慌てて、ローズは扉に視線を向けた。

突風が肌を打つ。

「っ・・・・さむっ」

 開け放たれたベランダ側の窓から雪と一緒に風が入り込んだ。思わず目を瞑ったローズは吹き零れる雪が肌に触れて飛び上がりそうになった。

「ローズ!!」

ばたんと扉が開け放たれ、慌てた様子のクランスが飛び込んできた。






    

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