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薔薇 「ハッハッハ」 端整なギリシア彫刻を思わせるような面立ちの美形、アイザック・G・アルバート伯爵は笑い声を上げた。 メインディッシュは既に終わり、今はデザートタイムだ。今日はアップルのソテーとライムシャーベット、ミントクリーム添えである。ミントだけはどうにも体が受け付けないので、ローズの皿にミントクリームは無い。 ジェットブラックの柔らかな直線が美しいカクテルドレスに身を包んだローズは、ギリシア紳士の笑い声にうっと息を呑んだ。 「そんなにお笑いにならなくても」 恥ずかしい。 友人の婚約者が三階にネズミというかリスが現れて絶叫したらしいという話を耳にして、アルバート伯は大笑いしているのである。おそらく婚約者であるクランスがばらしたのだろう。 彼は、先程からずっと観察しているが、友人であるアルバート伯を信頼しきっており、それ故に言わなくてもいいコトをぺろりと話してしまうのである。ああ、きっと結婚してしまったら、夫婦生活全部筒抜けだわ、とローズは思った。 「失礼。最近あまり面白い話がなくてね。あなたのように美しいお嬢さんが、そういう体験をされているとなると、セントラルパークは消えかねない。明日にでも神の鉄槌を受けて消失しているかもしれません。ミス・ローズ。あなたは本当にヘレネに勝るほどお美しい」 しっとりと耳打つバリトンの声は耳に良い。年頃の娘達がうっとりしてしまうこと必死である。ギリシア神話に容姿を当てはめられて、悪い気はしなかったけれど、笑い話の主人公であるローズは、はあ、と曖昧に返しただけだった。 「今日のトマトのキッシュは大変美味でした。これはセンツァバーグ家だけのレシピがあるようですね。こんなにおいしいキッシュを食べたのは本当に久しぶりです」 にっこりと笑えば本当に蕩けるよう、だったが、重ねて言うがローズはそれどころではなかった。 「こちらは侍女のステラが特別に作ったものなんです。厨房長直伝の味をあの子が受け継いでいまして。今日もいい品のトマトを見つけにマーケットまで行ってくれたのですよ」 トマト、というところでクランスが小さく吹いた。 訝しんで顔を向けたギリシア美男子は、きっとこのあとその意味を知ることになるのだろう。全く、なんて奴だ。 フォークの先をくわえたまま恨めしそうに彼を見ていると。それに気づいた様子の養父がこちらをじっと注視していた。慌ててそれを丁寧に皿の上に多くと後ろから給仕が皿を下げた。 最後に一杯、香りのよい紅茶が出される。ロイヤルコペンハーゲン製の白い陶器、薄いティーカップだ。磨き上げられた銀のスプーンが光に輝いた。 「これは、昼間飲んだ・・・・・」 「ああ、これは。なるほど。趣味のいい紅茶ですね。これは・・・ダージリンか。それも一等品のようですね。よくもこれまでの紅茶を手に入れられたものです。英国でもこれほどの茶葉に出会える人物はとても少ない」 薫り豊かな紅茶をまずは芳香だけで味わって、アルバート伯はそれに口をつけた。 ちなみにローズの向かい側でほっとしているのは誰であろう、クランスである。アッサムとか言い出さなくてよかった、と内心冷や汗だった。 けれども養父はそんなクランスのなけなしの矜持を粉々に打ち砕いたりするような人間ではなかった。その話題には触れないようにしながら、アルバート伯に賛辞を述べ、クランスに名誉挽回の機会を与える。 養父が切り出したのはクランスの専門分野である蒸気機関の話題だった。その話になると決まって饒舌になるクランスを見て、養母がちらりとこちらを見た。ローズは小さく肩をすくめてみせて、聞くともなしにしばらくそのまま席に着いたままでいる。 「蒸気機関による運輸業の開発が進んだおかげで、輸入企業は大成功を収めています。まあ、僕もその恩恵にあずかっているわけですが。しかし最近は、電気だのディーゼルだの、蒸気機関に成り代わるものが次々に生み出されています。船だけではなく、鉄道もそうですね。時代の流れからするとこれはどうしようもないことなのかもしれません。けれどこれらの新機械が本当の意味で社会に実用化され浸透するのはあと十年は必要だと思います」 「なぜかね? 開発済みならばすぐに導入すればいいではないか」 センツァバーグ卿の言葉にクランスは神妙に頷きながら、紅茶を口に運んで一息ついた。 「はい。僕もそう思います。しかし開発はされていても、その道具に安全という部品が備わっていなければ、我々が信頼して使用するのは危険でしょう。文明は日々進歩しています。昨日の棒が今日の金属になるような世界です。けれど、その棒が人に害をなすことを考えると、僕は十分考慮してからそれを使うか、使わないのかを選択すべきだと考えます」 この言葉に本日の主賓であるアルバート伯は大きく同意した後、賛辞を述べた。 「我が友人ながらクランス伯は博学でいらっしゃる。それだけでなく、優れた哲学者のようだ」 それを皮肉に取ったのか、クランスは口を引き結んでこう述べた。 「いや・・・ただ、僕は一般論を述べたに過ぎません、アルバート伯。何かを手に入れるときにはそれ相応の代価を支払う必要があります。目先の幸福に、便利だからという理由で縛られ、その先を見ないのは大きな問題です。そこにあるリスクを考慮に入れていないのは不幸だと思っています」 「ほう」 「まあ、しかし、リスクを恐れていては何も出来ないのも事実です」 クランスの述べていることは果たして事実であった。けれどその言葉がなぜかローズの胸に突き刺さる。 顔を歪めたローズに、アルバートは目をくれると、一つ咳払いをして目を伏せ、考え込む。そして友人とセンツァバーグ卿の話に耳を傾けた。 「ああ、そういえば、そういえばこんな話を聞きました。御存知ですか? 世界一の豪華客船を作るとかで、所有者ホワイトスターライン社、建造者ハーランド・アンド・ウルフ社で一世一代の大仕事とか。どうにかこうにか来年辺りには処女航海が可能だそうですよ。あと数ヶ月したら進水式だそうで。是非、乗ってみたいものです」
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