薔薇(R O S E)


 赤い眼が、まるでライトのように闇夜に幻光を残す。光は帯を引きながら縦横無尽に駆け巡り、その動きがもはや人間のものではないということを示す。

「じいさん!!」

「誰が、じいさん、だぁああああああああ!!」

怒鳴り声を上げれば、普段でも声の大きな彼だ、響き渡る声が空気を振動させた。雪山で叫べば雪崩が起きること必死である。

 Kは腰に佩いていた愛用のリボルバーを抜いた。コルト社製M1851を私用に大改造したものである。実弾は既に装填されており、後は引き金を引くだけだ。

 フィリップの目の前に大きな爪が繰り出された。腕の半分が、獣のように変形したそれが大男の顔面目掛けて振り落とされる。それを手で掴んで押しとどめせめぎ合う。

「早くしろ!!」

「バカジジイ!! 何であんた銃を持ってないんだ・・・っよ!!」

 狙いを定めているが、相手が動くものだからなかなか照準が定まらない。痺れを切らして叫ばれてもどうしようもないというのに。

 苛立ったのは、他でもない、短気なKの方だった。

「動くなって言ってんだろーが!! このクソジジイ! ちょこまかしてっと当てるぞ、ゴラぁああああああ!!」

フィリップの左頬を縫うように一つ目の銃弾がそれにぶち当たった。一発目は眉間に命中する。

 空の薬莢がはねて、続けざまに二発目を打つ。それは見事にそれの腹部に命中し骨を穿ち、心臓を打ち抜いた。

 フィリップが掴んでいたそれはさらさらと砂になり、風に吹き消されて消えてしまった。

 そのほかに気配が無いということに安堵して、Kはにたりと笑いながらフィリップに歩み寄った。

「K! このクソガキ、てめぇ!!」

「あーあ。全く、やんなるよ。ねぇ?フィリップ。こいつら、心臓が二つもあるんだからさぁ」

 ふうと銃口の近くに唇を当てて息を吹きかければ、銃口からもれていた水蒸気が風に飛ばされていく。その様子を見つめながら、フィリップは空になった両手を離して、首をコキコキと鳴らした。

「お前、俺も一緒に殺す気だっただろう」

「あ、バレた?」

Kは笑ったまま、隠そうともせずのうのうとそういった。

 銃弾が上手い具合にフィリップの隙間を縫うようにして発射されたのではなかったのだ。始めからKはフィリップに当てるつもりで照準を定めた。

けれど見事に当たらなかった。それを回避したフィリップの反射神経はそれだけ優れている。獣のような野生本能と運動神経の賜物だ。

「また殺しそこなったか」

「あのなぁ。そういうことは、本人がいないところで言えよ。ただでさえ繊細な俺様の心(マイ・ラヴリー・ハート)を痛めつけて楽しいのか

「そうだけど?」

「おまえ、なあぁ」

何を言っても無駄なのは今に始まったことではない。フィリップは土の上に落ちたそれが着ていた衣類に視線をくれ、足で蹴って虚空に跳ね飛ばす。

 風に煽られて、それは紙のように宙を舞った。

「まあいいだろ。どうせ、死なないだろうし」

 じょりっと音がした。

「確かにねぇ」

そしてはっとした。

フィリップが隣で顎に手を添えて擦りにたにたと笑っているのだ。途端にKはいやそうな顔をした。

 右眼だけでそれを捉えたフィリップはにんまりと笑って、両手を広げた。

「ギャー!! やめろ!! ヤロウのヒゲなんて、ぜってぇやだ!!」

 がっちりと身体を固定されて、右頬にヤツのざりっとした顔が添えられる。

「おぅおぅ。言ってくれるじゃねぇか、K。野郎にヒゲが生えなきゃ誰にひげが生えるんだ? ん? 言ってみろ」

 図体がでかくて怪力なフィリップに、見た目華奢なKが適うはずも無い。

「う、わ、ぎゃ、ぎゃあ!! 畜生!! ちっくしょ       ぉ!!」

「心配しなくても、お前も大きくなったらビシッと生えてくっからよぉ」

ざーりざーりざーり。

「いぎゃああああああああああああああああああああああ」

そんなもの、生えてくるわけ無いだろうが!!

 なけなしの抵抗もむなしく、ゴーグル姿の少年はあっさりと気を失った。






    

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