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仲間 一九一一年一月二一日。十六時四十七分。 車が自宅の前に停止する音を聞きつけた執事が、従僕と一緒に扉を空け直立不動に玄関前に立ち尽くした。二階の窓からその様子を見ていたステラは、予定より早いが、きっといい指輪が見つかったのだとそう思った。そしてお嬢様を迎えるために、他の侍女たちの脇をすり抜けて一目散に階段を下りていった。 くるりとカーブした曲線の美しい白い階段を降り切って、ステラは玄関に目を向けた。 扉の向こうにいるのは誰だろうか。黒いハットが見えるからきっとクランス様に違いない。執事のアンバーとなにごとか話しているようだが、ここからその会話は聞えない。けれどもう少ししたらお嬢様が入ってくるはずだ。 今日の妙な天気のせいできっと体が冷えていやっしゃるはずだから、部屋にしっかり暖炉の薪をくべておいた。外出着から室内着に着替えていただくまでの間の辛抱だけれど、部屋はかなり暖かくしておいた。きっと薄手の夜着一枚でも風邪を引かないくらいに。 ステラはこの時初めて異変に気付いた。 何がというより、お嬢様の姿が見えないのだ。 いや、姿というより視界が閉ざされている。まるで目の上を何かが押さえつけて無理やり瞼を閉じさせているように。真っ黒な、暗黒。広がる闇。 体が大きく傾げるのと同時に、上から誰かの悲鳴が振ってきた。それからあちこちで絶叫が上がる。 鈍い痛みが体を襲い、引き裂かれるような激痛が首から全身に走った。 焼かれるような痛みが肺からこみ上げ、喉に詰まった異物を出すかのようにこみ上げてきたものを一気に吐き零した。二度、三度とそれを繰り返すと、心なしか楽になった。ぷんと鼻に錆びの臭いがかかる。 風邪か何かだろうか。最近急に冷え込んできたから、そのせいかも知れない。倒れるなんて情けない。 ああ、でもこの鼻をつく匂いは何かしら。 重い瞼を必死に押し上げながら、ステラは身体に力をこめようとした。けれど、どこにも力は入らなかった。これほどまでに衰弱していたのかしら。立つ事もできないなんて、本当に情けない。お嬢様に知れたら、いったいどんな顔をするだろう。 ステラが体を動かせないのは幸いだった。動かせば最後、その苦しみはたとえようもなかっただろうからだ。引き裂かれた喉から胸にかけての傷、呼吸と、心拍が僅かに跳ねるたびに、拍子でも打つかのように液体がその渓谷からだんだんと流れ出している。 ステラは体が満足に動かせないのは風邪のせいだと決め付け、そして霞む目でそれを見た。きっと、さっきの叫び声は自分がここへ倒れてしまったからだ。きっとすぐに誰かが助けてくれる。そしてアンバーから大目玉を食らうのだ。まあ、それでもいい。 まるで霧がかったように視界が揺れ、見えたのは誰かの足がこちらに近づいて、来る、それだけの、様子。 一歩一歩ステラの眼前に寄ったその足がぴたりとステラの手前で止まった。その立ち止まった足が持ち上げられれば、何かニガーのようなものがその靴裏にくっついていた。 ああ、あれでは靴の手入れの従僕がきっと泣くわ。ニガーはとるのが厄介ですもの。 おそらくクランスであろう。 お嬢様の婚約者にまで心配をかけるなんて、なんて情けない。 クランスがゆっくりとその場に屈みこむ。霞む視界を、重い瞼を、言葉を発すことが出来ない唇を動かそうとしながら、ステラはそれをようやく捉えた。 捉えた途端、全ての意識が闇に飲み込まれた。 「バカなんじゃないのかい!?」 「そうですわ。そうに決まっていますわ。考えなしにもほどがありましてよ」 白衣の双子を目の前に、どうにも状況が掴みきれていないKとフィリップは、どうやら怒られているらしいそれ、に目を向けた。珍しいといえば珍しいのだが、本人はどこを向いているのだか、聞いているのだかさっぱりわからない。身体は確かに、椅子に座っている双子の方を向いているが、きっと彼のことだ、話など聞いていないに決まっている。 銀髪の彼は、紫紺色の瞳をふっと伏せると、ぎゃんぎゃん喚いている双子を無視して窓の外に目をやった。 青年は、何故だか黒いフロックコートをここでも着たままだ。いくら外が寒いとはいえ、薪ががんがん暖炉の中で燃やされている部屋の中の温度は非常に暖かい。コートなんぞ着ていたら、逆に暑さが増してしまうではないか。 そんな言葉にも一向に耳を貸さず、彼、クロウ・リーは何かふと思案するように顎に手を当てた。 彼が双子達の言うことを聞くということは、地球がひっくり返ったってないだろうが、それでも言わなければならない、言いたい言葉、というものはある。
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