仲間(R I N G)


「あなたねぇ!! クロウ・リー、聞いてまして? わたくしたちだって、我慢しているんですわよ? それをあなた一人の勝手な判断でそこに出向くなんて!! いったいどういうことですの? ぜぇっっっったい、不審者だと思われていますわ! そうに決まっていますわ!! ただでさえ怪しい、ですのに、それをそれを!! あなたという男はっっ」

今にも掴みかかりそうな剣幕で金髪美女は空気が振動するほど声をあげた。これならフィリップと張れるかも知れない。

 その様子を横目で観察していた大小ちぐはぐの二人組みは、小さく縮こまるように暖炉の前に腰を下ろした。こういう時だけは意見が一致する。

触らぬエミリア()になんとやら、だ。

「まあ、確かにあなたが会いたいという気持ちはわからなくもありません。ええ。よくわかります。けれど、クロウ・リー、今は時期を考えてください。他に何か、してませんよね?」

 ふと考え込むように視線を泳がせたクロウを見て、何かやったな、と男の直感でエヴァンスは思った。それから、傍らで今にも暴れだしそうな姉を見る。きっと姉にばれたら血みどろ大戦争だ。それはちょっと迷惑。

かわいそうとか、そういう感情ではなく、自分に迷惑が及ぶなら回避したい。そういう考えである。エヴァンスは非常に自分が大好きな人物であった。

「とにかく、事態は急を要します。・・・・街に、あれらが増えている以上、なんとしても食い止めなければ。特に最近の新聞(メディア)は面白がって何でもかんでも大げさに書きますからね」

「その通りですわ。エヴァ。一刻も早く対策を立てなければ。それにしても・・・・ただの低級誌の取るに足らない記事だと思っていたら、本当だったなんて」

 姉が何を言おうとしているのか理解したエヴァンスはただ黙って彼女の緑の瞳を見つめた。

 エミリアは親指の爪を唇に当てた。

「二十年以上も前に殺したと思っていたあの切り裂きジャック(JaKe The Ripper)が生きているなんて、とんだ失態ですわ。いえ。確かにしとめたはず。それはこの目で塵になるまで確かめましたわ。・・・・エヴァ。同一である可能性は?」

「皆無です。姉さん。あれとは全くの別物です。二十年前のものとは大きく性能も異なります。形態も。それに奴らは繁殖能力はなかった。単一で、事を起こすしか能力がありませんでした。ただ、五年前のものとは関連があります」

「ええ。それはわたくしにもわかっていますわ。だけれど、民間にこれ以上被害が拡大する前に、なんとしても息の根を止めなければなりません」

 机の上に置かれている今日の新聞をエミリアは手にとった。

 切り裂きジャック再来、と大きく見出しに書かれた一般紙だ。その下には低級誌もあったけれど、事が大きすぎて低級誌だけで留まらなくなった。一般紙もこぞって記事について書きたてようと、苛烈な内容の記事が目立つ。

 死人の名前、搬入先の病院、正体不明の切り裂きジャック、その風刺画と予想容貌。全く、大したことだ。あちらは公に動けても、こちらはそうは行かない。

 背中の大窓ガラスの向こうは吹雪だ。明日もきっと、荒れる。

 窓の手前に位置している大机に腰掛けている姉を、きちんと椅子に座った弟がたしなめる。しぶしぶそこから腰を下ろして、エミリアは灰色の空を見上げた。

「姉さん・・・・・・。こんな、日、でしたよね」

全部が変わってしまった日。全てが変化してしまった日。彼女が姿を消した日。あいつが、裏切った日。全てが同じ空の色をしていた。それはまるで、何かの刻印のよう。

「とにかくさぁ、その、なんだっけ? 切り裂け、ジャック、とかいう奴らを民間にかぎつけられないように用心しながら、処理、しないといけないんだよな」

 暖炉のそばから身を起こして、Kがそう尋ねた。

「なんですか、その妙な名前。まるで人殺しをしなさいといっているようなものじゃないですか。やれやれです。     フィリップ、Kのこと、頼みましたよ」

「はあ? なんでだよ。ガキの子守なんてマジ勘弁」

「ええ〜!! やだよ。オヤジと組めってのかよ!」

「・・・・・・・・・フィリップはあなたの父上では無いでしょう」

呆れ顔で応じて、エヴァンスは座ったまま微動だにしない青年に視線を向けた。彼は相変わらずどこを見て、何を考えているのかわからないような顔で空を見上げている。

 やれやれと肩をすくめて、エヴァンスはこちらに近付いてくる気配に目を細めた。

 やがて扉が叩かれ、そこから一人の女性が入ってきた。卵色のタンポポのような女性は小さく微笑むと礼をとり、その場に立ち止まった。そのあとから、気難しそうな顔をした老人が入ってくる。

 クロウ以外の全員がいっせいに、その場に立ち彼に目を向ける。

 鋭い目が、まるで鷹のようだ。額に走る大きな傷はしわに紛れてもよくわかる。

 仕立てのよいスーツに身を包んだ老紳士は、口をへの字に引き結んだまま、近くのソファに歩み寄り、どっかりと腰を下ろした。

「グランド・ロウ。どうかされたんですか?」

引き結んだ気難しい老人はふっと息を吐いた。そしてあとから部屋に入室した女性に目を向けた。

「カトリーナ。お前が皆に話すといい」

「ええ。そのつもりよ、グランド・ロウ」

静かに、水を打ったように静まり返る室内。天井の明かりがちらちらと揺れた。ふと、窓の外の景色に目を奪われたようにカトリーナはふっと目を伏せる。がたがたと大きく窓が一斉に鳴り出した。

「カナリア?」

近くに寄ってきたのはカトリーナ、いや、カナリアの弟分であるKだ。暖炉のそばで誰かが立ち上がる音がする。おそらく、フィリップだろう。

何も見えないカナリアの目には何も映らない。けれどそこにいるという確かな感覚で、カナリアは弟のKに手を伸ばした。その手をKがつかみ心配そうに見上げる。

「大丈夫よ。K。それにしても、なんて天気。・・・まるで、あの時みたい」

それが誰もの心を代弁しているコトを、カナリアは知っていた。

 誰も触れることを厭うその事柄を、誰も触れたくないその事柄を、優しいカナリアは受け止め、ぽつりと零した。






    

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