仲間(R I N G)


 一九一一年一月二十一日。十四時四十七分。

ニューヨーク、マンハッタン地区、Upper(アッパー) East(イースト) Side(サイド)

あれから気を失うように四日間昏々と眠り続けたせいで、式は延期。おかげさまで、というべきなのか、どうなのかローズはわからなかった。今は幸いにして頭痛の片鱗も無いのだが。

「じゃあステラ。ちょっと行って来るから、あとはよろしくね」

 薄桃色の帽子をかぶりなおしながら、ローズは微笑んだ。ストレートのラインが美しい銀糸の刺繍の施された服に身を纏い、髪の毛を一つにまとめている。首筋にぶら下がっている宝石は昼間だから、あまりきらきらしいものではいけない。

 少しばかりそれが捩れていることに気付きながら、ステラは外套の一式を隣の侍女に持たせ、その首筋のネックレスを器用に直した。

「お嬢様は本当にそそっかしいですわ。裏返しになっています。いくらアンティークの一級品だとしても、きちんとしていただかなくては。一応、この名門センツァバーグ家の由緒正しいご令嬢なのですから」

 これでおしまい、と小さく止め具に触れて、ステラは笑った。

「結婚のお祝いにとクランス様が持ってこられた水晶の薔薇(クリスタニア・ローズン)、とても美しいですわ。小さな真珠もあしらわれていて、まさに婚約のお祝いにふさわしい品ですわ。お式が延期になったことだけが残念ですけど」

 嘆息すれば、同様に周囲の侍女たちもうんうんと頷いた。その様子を見ていた有能執事、アンバーは小さくそしてわざとらしく唸った。ちらりと胸ポケットに納めていた金の懐中時計を取り出し、その針を見る。

 時刻は14時五50分だ。

「ステラ。お嬢様のお時間が」

「はい。すみません」

外套をローズに着せながらステラは慌てた様子で頷いた。帽子は一番後でもよかったのに、お嬢様が先にかぶりたいとおっしゃるから、少しばかり御髪が乱れている。手袋を手渡して、小ぶりの鞄を渡すと、ステラは後ろに回りこんで、少しばかり乱れた髪の毛を丁寧に元に戻していく。

「ステラ・・・・髪の毛を解きたいのだけれど」

うんざりした様子でローズが言う。ローズはこう、何かと飾り立てられるのがあまり好きではないようで、何かというと髪を切りたいだのといっている。

「ダメです。お嬢様。家の中にいるときはかまいませんが、外出する時には淑女たるものきちんと髪をまとめなければ。ああ。お嬢様、前を向いてください」

「はー」

 くすりと小さく笑ったステラは、後ろから小さくローズに耳打ちした。

「ホント言うと、お式が延期になって私はとっても嬉しいです。いいえ、あの、結婚がいやだとかそういうのではなくて。可愛い私のお嬢様をとられるのがいやだったんです」

 終わりです、といってステラがお嬢様の目を真っ直ぐに見た。

 鳶色の澄んだ美しい瞳だ。水晶のネックレスがよく似合っている。

「よい指輪が見つかると、いいですわね」

「そうね」

微笑んだローズを見て、誰もが唖然とする。

 何か顔にでもついているかしら、とその表情を見たローズは口に出した。ステラは進みよって白い手袋をはめた手を握り締め、顔を上げてこういった。

「私が男でしたらお嬢様のような美女は放っておきません」

「・・・・・・・・ステラ」

黙々と黙っていたアンバーが低い声を出した。

 時計の針は15時に近づこうとしている。

「ああ、はいはい。すみません。では、お嬢様、行ってらっしゃいませ」

「行ってくるわ。あとはお願いします」

ローズは開け放たれた扉から一歩外に出た。それから一度だけ振り返り、扉を開けた従僕の後ろの執事を見た。聞いておきたいことがあったからだ。

「あ、アンバー。今日はクランスとアルバート伯が?」

間髪いれずに的確な答えが返ってくる。

「はい。その予定です。お嬢様」

めったに顔の表情を変えないアンバーが微笑んだ。嬉しくなってつられて微笑めば、足が止まっていることに気付いた彼が喉を鳴らす。

「五時にはクランスと一緒に帰ってくるから」

それだけを残して、お嬢様は車に乗り込んだ。






    

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