仲間(R I N G)


「わかっていますよ。姉さん」

いつの間に乗り込んだのだろう。運転席には誰かが座っていた。ここから見えるのはそれが女性と同じ金髪をしているということだけだった。バックミラーにまで視線は及ばない。

どん、とすさまじい衝撃が天井から降ってきた。めこりとそれが沈む。

「いったい」

からからの口で、事態はまだ把握できていないけれど、ようやく絞り出した声。女性はちらりとバックミラー越しに運転手に視線だけで合図を送る。

「騒ぐんじゃありませんわ。隣で叫ばないで下さいね」

 かちり、と檄鉄を上げる音が耳に届いた。

 急速に発進する車。

「っ」

 舌を噛みそうになって、危うく引っ込める。真っ赤に染まった窓ガラスをみて、ローズはまだわからなかった。

一体どうしたのだろう。この人たちは誰だろう。いったい何が起こったのだろう?

たくさんの疑問は浮かぶが、それ以上の言葉は出てこない。

 何かが天井から転がり落ちたようだ。上にあった圧迫感は失われ、代わりに別の場所からそれが生じている。

 銃口がこちらに向けられる。

「ひっ」

 殺される。

 生唾を飲み込んで、ローズは目をむいた。そしてできる限り抵抗してやろうと手足をばたつかせた。

「きゃあああああああああああああああああああああああああ」

「あ、こらっ。動かないでちょうだい!!」

「姉さん!!」

「わかっていますわ、エヴァ。それよりもしっかり前見て運転しなさい!!」

じたばたと暴れるローズの頭を抑えて、女性は銃口を窓の外に向けた。

 ローズの左目がゆっくりとそれを捕らえる。

 ダメだ・・・・・それでは。

「右斜め、二体いるぞ!!」

 女性ははっとしたように銃口を退け、天井を打った。そして自分側の窓ガラスを打ち抜いてもう一発穿つ。

 けれど外した。

 女性は舌打ちして、空になった弾装を外した。そして新しいものに取り替えると両手で構え今度はフロントガラスをぶち抜いた。

「わわっ、エミリア姉さん!!」

 ハンドルを思い切りきりながら、まだ若い男の声がした。

 急速に右にきられた車は、対向車線から車が走っていることに気付いて今度は左に大きく切った。車内は大きく揺られ、エミリアという女性と一緒にローズは転がる。ガツンと頭に思い衝撃が走り、少しばかり目を回す。

 車は小さな路地を何事もなかったように走っている。割れたガラスがぱらぱらと落ち、冷たい大気が入り込む。

 どうやら助かったのだと気付いた時、ローズはふと頭が軽いことに気付いて手を伸ばした。そこにあるはずのものが無い。おそらくは走行中にとばされたのだろう。真っ青になるローズを尻目に、隣に座っていた女性が大きく息を吐いた。

「はぁ         

 幸いにして鞄だけは手元にあったけれど。


 ローズはふと、鉄錆びの匂いがして目を見張った。エミリアと呼ばれた女性の銃を握る手に、ガラスで切ったのか、鋭い線がある。そこから血が滲み出していたのだ。

 ローズは鞄の中からレースのハンカチを取り出した。そしておもむろに女の手から銃をもぎ取り、それを女の膝の上において手を引き寄せた。そしてその傷口にハンカチを巻きつけてしっかりと縛る。応急処置などやったことはないのに自分でも驚くほどその手際はよかった。

 けれど実は一番驚いたのはエミリアの方である。

「・・・・・ローズ?」

記憶が戻ったのか、と自分たちのことを思い出したのかと思って、名前を呼んでみた。

 それに、先ほどのこともある。不審に思ってエミリアは眉を顰めた。

「なぜ、私の名前を?」

警戒した獣のように身を縮こまらせて、ローズはこちらを睨みつける。手当ての終わったエミリアの手から自分の指を離して、じりと距離をとる。

「エミリア姉さん。予定通り、本部に行ってもいいですか?」

 運転をしている人物の緑の瞳がローズを見た。

 びくりと身を震わせて、ローズはさらに体を強張らせる。

 エミリアはお手上げとばかりに両肩をすくめ、膝の上に置かれた銃をホルスターに戻した。弾はあと半分程度残っているが、補充分が無い。早いところ戻ったほうがよさそうだと判断して頷いた。

「ええ。エヴァ。お願いするわ」

「了解です。姉さん」

 車は狭い路地を真っ直ぐ進み、入り組んだ裏通りを抜けた。車の往来は多くは無い。歩行者天国とは行かなくてもまばらに人が歩いている。

「どこに、連れて行くつもり?」

震える声でローズが言ったものだから、エミリアは目を丸くした。人は記憶が戻らないとこうも性格が変貌するのか、と思って。

「それに、さっきのあれ・・・・。なんなの?人間じゃ、ないの?」

少なくとも人間が、車の天井をへこませたり同じスピードで走ったりすることは出来ないだろう。それに、一瞬だが見えた、あの奇妙な身体つき。人間の身体には違いなかったが、目は赤く、むき出しの歯は獣のそれよりも大きく鋭かった。

「それについてはきちんと落ち着いたところで話しますわ。ローズ・・・いえ、今はレディ・ローズ、でしたわね」

いったいどこまで知っているのだろうか。けれど最初からローズを狙うつもりなら素性について洗いざらい調べておいて当然だ。怪しい人物には違いないが、こちらは銃も持たないただの小娘だ。それにもし銃を奪い取れたとしても使い方がわからない。ここは大人しくついていって、様子を覗ったほうがよさそうだ。

ああ。それにしても何故こんなことに。厄介なことに巻き込まれる。クランスと、結婚指輪を見に行くはずだったのに。それに今日は確か、またアルバート伯が来るはずだったはず。いつまで経っても自分が帰ってこないとなれば、クランスはもちろんのこと両親も心配をするはずだ。そうなった時、不利にならないように何とか自分で手を打っておかなければ。

無言のままローズは考え込んでいた。






    

home