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仲間 十五時三十二分。 婦人が遅れるのはよくあることだ。けれど、待ち合わせに一度も遅れたことが無い女性は。 不安になって、クランスはそわそわとしていた。先ほどから雪が降り始めている。最初は雨だったが、雨交じりの霙になり雪になった。だからきっとどこかで足止めを食っているのかもしれない。けれどそんなことがありえるだろうか。 もしくは自分との結婚が嫌だから、指輪を選ぶのを無言の内に拒否した、とか。 先日アルバート伯と随分飲みすぎて絡んでしまったことを思い出しながら、クランスは前髪をかき上げた。待ち合わせの時間からは三〇分以上たっている。流石にその間寒かったので、宝石店の前のバーで身体を温めていたのだが、待てど暮らせど一向に彼女は現れない。とうとう痺れを切らして、クランスは店を出、ガラスケースの前からそれを覗き込んでいた。クランスは黒い手入れの行き届いたハットに、白い手袋、東洋では螺鈿と呼ばれる特殊な意匠が施された象牙のステッキを持って、店の前で静止していた。まるで英国紳士がそのまま固まって石化したような出で立ちである。 ガラスのうちには様々なものがあった。けれどそのいずれも男性であるクランスの興味をそそるものは無い。しかし、一つだけ、気になったものがある。今日の購入目的である、そう、指輪だ。 綺麗な銀の指輪が二対、そこに並んでいる。大きさは男性と、女性用で、女性の指輪には結婚指輪としては珍しく薔薇の形をしたダイヤがあしらわれている。 それをしばしじっと見ていて数分。不審に思ったのか、中から腰の曲がった老人が顔を出した。片目には虫眼鏡の拡大版のような片眼鏡をしている老人である。しわがれた声で、クランスにこういった。 「あんた、寒いだろ。中にはいんな」 クランスの身なりを上から下までじっくりと観察察した上で、ふんと鼻を鳴らし、ぶっきらぼうにそう言い放つ。老人はそれだけを告げると、扉を押し開けて中に入った。 クランスは店の看板を見上げた。かなりの老舗で主人が偏屈、けれども品物は折り紙つき。そういう話を聞いてここにやってきたのだが、まあ、実にその通りだった。 クランスは後ろ髪を引かれる思いで扉に手をかけた。どうせ中から外を見ていれば遅れてきた彼女の姿を確認することが出来るだろう。それに今日はとても寒い。先日の寒さなどとても比ではない。諦めて好意に甘えさせてもらおう。 磨き上げられた靴を動かして、クランスは押し開けた店内にはいった。 カランと上部に取り付けられた鈴が鳴り、それがどうやら熊避けの鈴だということに気付いた。妙な店だ。 店内は薄暗く、足元の絨毯は質がよいビロードだ。色は深い緑。ふと、木目調の天井がみえる。艶やかな琥珀のように光るかと思われたそれは、薄暗い暖色系の白熱灯に照らされて本物の宝石のようにより輝いていた。天井をひどく緩慢な動きでファンが回っている。 一歩足を踏み入れれば、そこは間違いなく宝石店の中だった。店はだいぶ広さがあるらしく、腰までの高さの棚の上にはガラスのケースに収まった宝石や宝飾が展示されていた。まるで博物館のようだ。値段はそのどこにもかかれていないことから、流石は老舗と思わせる何かがあった。 「こっちきな。見せてやる」 何を、とクランスは思った。
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