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仲間 振り返ると窓際にあの老人がおり、クランスが外から見ていた指輪を丁度取り出したところだった。そして深い皺の刻まれた指先で店の奥を指差した。そこにはアンティーク調の小さな丸い机と白地に金刺繍が施されている布張りの椅子があった。 クランスはぎこちない動作でそちらに歩み寄り、手に持っていたステッキを隣の椅子に立てかける、と失敗して足元に転がった。硬いものが触れ合うような音がすれば、それはどうやら椅子とステッキが触れ合った音であったようだ。老人は顔をしかめてクランスを一瞥すると、近くの展示物の裏を回りこんで、後ろの大きな商売棚の中から一枚の絹の布を取り出した。 それを持って緩慢な動作でこちらに来る。 机の上にそれを敷いて、指輪を置いた。老人は近くの椅子を引いてクランスの向いに座り込んだ。 「あんた、これを見ていたな」 「ええ。結婚指輪として、入用なので」 結婚指輪、の一言で老人はさらに苦虫を潰したような顔をして、指輪を取り下げようと絹の布に手を触れた。 ぎょっとして、クランスは慌ててそれを留めた。いったい何が癇に障ったというのだろうか。 「別の指輪を見立ててやる。別のにしたほうがいいだろう。結婚なら、尚更」 そう言ってさらに絹の布を畳もうとするのだから、クランスはたまらなかった。 「ちょっと待ってください。いったいどうしたんです?何がそんなに気に食わなかったんですか?お金が無いとお思いなら、十分なほど持っています。無礼な行為をしてしまったのならば謝ります。ですから、どうか、それを見せてください」 立ち上がったクランスは真っ直ぐに老人を見下ろした。威圧するでもなく、誠実に見据えて。 老人はクランスを一睨みした。 「そんなことはわかっとる。あんたが、クライストガーデン伯だってこともな。無礼な振る舞い? そんな客なら中に入れんわい」 ではいったい何が不服だったのだろう。疑問に思ったクランスは眉根を寄せた。 引き下がる様子のないクランスをみて、老人は手元の指輪に視線を落とした。 「これは実は売り物じゃないんだ。古い古いアンティークの一つで、客引きの展示用としておいてあるんだ」 「だが、男性用の指輪も一緒においてあった」 「あれは別もんじゃい。・・・・・・これのペアリングは、もうおそらくこの世に存在しないんじゃ。この指輪に合わせて男用の指輪を作らせたのはわしだ。薔薇のモチーフである指輪をなぞるように、男用の指輪の内側に刻印が彫ってある。薔薇のな」 仕方なく椅子に腰を降ろした老人の様子にほっとして、クランスは向いのいすに腰を下ろした。そして机の上で指を組んで、老人が再度置いたそれに視線を縫い留める。 「薔薇・・・・ですか」 「何か意味でもあるのかね?」 鸚鵡返しに繰り返された単語に、老人は眉を顰めた。 クランスは婚約者に薔薇の首飾りを贈ったことを伝えた。 「なら、不思議な因果だな・・・・。その、アンティークとかいう首飾りの薔薇、そしてこのアンティークの指輪の薔薇。妙な縁があるものだ。ふうん。奇妙な話だ。面白い。少年、この薔薇はな」 老人はそれを指先で突っついて、遠い昔を思い出すように話し始めた。 「この薔薇は一八五四年英国のロンドンでわしが最初に手に入れた指輪だ。手に入れたというのはおかしいだろうな。この指輪はある人物から譲り受けたものだ。五十年経っても取りに来なかったら、売ってもいいといっていてな。それで店に出しているというわけさ。この石はただのダイヤではなく、ローズクリスタルという種類の特殊なダイヤモンドで、ピンクダイヤとも呼ばれている。原石を削って一つはこの指輪に、もう一つは相手の男の指輪にはまっている。男の指輪の刻印はこの指輪の刻印と全く同じで、盛り上がった金属の下にそれが収まっている。二つで一対の指輪、その一つがこの指輪なんだ」 視線を石に落とせば、ほのかに淡いピンク色の光を放っている。 「だが、彼女は指輪をわしに預け英国から姿を消した」 「彼女?」 老人の顔がかすかに揺れる。 「若気の至りでいろいろやらかしたわしに、この指輪を預けた人物。名前は、なんと言ったか、もう思いだせんが・・・・。五十年以上経った今、やはり死んでいるんだろうな。わしが彼女とあったとき、彼女は二十くらいの姿をしておったからのう。いや、十代じゃったか・・・。とにかく、指輪の貰い手はもう現れん。ああしてあそこに展示して、客の目を引けば、それでいい」 疲れたように眉間を手でつまんで、老人は左目には待っている双眼鏡のような片眼鏡を外した。 「で、あんたは結婚指輪を探してるんだったね。純銀の綺麗な細工の指輪がある。ちょっと待ってくれ」 どっこいしょっと老人は席を立ち上がり、店の奥へ足を進めた。
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