仲間(R I N G)



馬鹿にしたような声でそれは、ローズを見た。

「私は、ただ・・・・。知りたいだけ。いいえ、そうではない。私はあなたがその答を彼らと同等に持っている、保持していることをおそらく知っている。知っているからこそ、問いたいのです。私は、なんですか?」

 不思議だった。家に帰らなければならないというのに、その欲望に先行するほど自身を知りたいという欲求が優っていたことに。自分がなんなのか、失われた記憶を何故自分以外のそれらが知っているのか、そして何故思い出さない、思い出せないことに彼らは疑問を浮かべるのか。その答を、目の前の老人は持っている。

「お願いです。グランド・ロウ。私に繋がる私の過去を、教えて」

 ぴくり、と老人の眉が動いた。

 エミリアはエヴァンスと顔を見合わせる。エヴァンスはエミリアをみて、瞠目した。

「記憶を失った。その記憶を思い出せない。それは、お前には必要のないことかもしれない」

「・・・・・・」

「お前は一年前、自分がどこで何をどうしていたのか事細かに思いだせるか? そのときの感情や周りの背景、人の動き、その一つ一つを詳細に明示することが出来るか?」

そんなこと、できるはずが無い。

「記憶というのはそういうものだ。記憶は形、枠組み、そうあった過去という名の状態を大まかに記録しているに過ぎない代物だ。詳細に過去を覚えているとするなら、そのとき、その場所で、どのように自分がすごしたのか実際に目で見て、感じて、動作をしているということに他ならない。つまり、そう思うこと自体が、現在ではなく過去自身だという事だ。人は生まれてからの多くの記憶をその枠組みの中に一度入れ、必要な情報のみを断片的に取り出し、構築する。それがいわば記憶、というものだ」

 老人の背後の窓ガラスが風にゆられてかたかたと音を立てた。

 天候はますます悪化したようで、空からは雪が降り注いでいる。

 ローズはわかっていようが、わかっていまいがただじっとその言葉に耳を傾けた。

「記憶の部分。人間の脳にしまいこまれたその部分を、人は必要な時に必要な分だけ取り出そうとする。しかし、その事柄のほとんどを忘れていたり、大事な事柄をすっぽりと忘れているのはなぜか? その事実が、必要なことであれ必要でないことであれ、記憶というものはそういうものだからだ。ある日急に思い出すこともあれば、永遠に思い出すことが出来ないかもしれない。記憶というものほど不確定なものはない」

 それでも、と老人はローズに試すように言外に提示した。

「それよりもはるかに写真の方が鮮明だ。その日、その時、何を、どうしたのか写真を撮るという行為によって、その写真を撮った日のことを思い出せるかもしれない。頭の中の記憶というものは不明瞭だが、写真は現実に眼で見ることができる明瞭な部分だ。けれどそれを知覚化し感知し、記憶をまさぐり、そして当時の状態をそのままその場に再現することは出来ない。難しい、ではなく、これはできないのだ」

「記憶・・・・・」

「お前が経験してきた全ての過去を知りえるのはおまえ自身しかいない。だが、思い出せたとしてもその全てを今この瞬間に思い出すことは出来ない。なぜなら、記憶というものがそういうものだからだ。いくらわしらがお前の過去について話したとしても、今のお前にとってはそれは御伽噺と同じ次元の話。到底受け入れることが出来ない、非現実的な話だ。むしろ、他人の話といっても過言では無いだろう。お前はわしらの口から己の過去を知ることはできる。だがそれでどうなる? 過去の自分がそういう人間だったかもしれないということは知識としてわかるかもしれないが、実感として自ら識ることはできない」

 暗い影がローズの足元に落ちた。

 彼の言っていることは全くの正論だ。けれど。

「私の言う記憶の全てをあなた方は保持していない。けれど私が欲しいのは真実なのです。過去というのは変えることができない私の真実を誰かに写し取られたもの。それを見て、断片的にも過去を知ることは、可能でしょう。失われた記憶は、確かに私には必要が無いものなのかもしれません。けれど、必要な部分もおそらくあるのでしょう。だからこそ、あなた方は私を、ここに連れてきた。私の記憶の中の何かが、鍵だから、私をここへ連れてきた。違いますか?」

 走り口調になりながら、ローズは背後を振り返った。

 真っ直ぐに向けられる鳶色の瞳に気圧されてエミリアは息を呑んだ。

 エヴァンスは、嬉しそうに目を細める。

「私の記憶にどのような価値があるのかはわかりません。けれど、あなたはそれらに価値をつけた。銃も握れない役立たずの小娘にあなた方は何らかの価値を見つけ、ここまで連れて来たのでしょう?記憶が元に戻ることによって、あなた方に何らかの利益をもたらすから・・・・。価値も無い人間を昔の温情があるからといってこんなまどろっこしいことまでして連れて来る人間がいますか?それはただの時間の無駄でしょう。時間を無駄にしてまで私を連れてきたのなら、それに見合う価値が存在するはずです。その価値を、重さを、あなた方は知っている。違いますか?」

 凛とした鋭さは昔のままだ。扉の後ろで聞き耳を立てている三人に意識を向けながら、エヴァンスは笑った。小さく笑ったことがばれて、エミリアの冷たい視線が注がれる。

「ハッ、ハハハハッ、ハッハッァ。やはりお前は面白い、ローズ」






    

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