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仲間 十八時〇一分。センツァバーグ邸。玄関前。 一台の車がそこに停止し、着くなり転がるようにクランスが車から降りた。そしてステップを上がって、白い扉を叩く。ライオンの装飾が施されている輪をつかんでそれを二度三度扉に打ち付けた。 「失礼します。クランスです。クランス・フォン・クライストガーデンです。ご令嬢、レディ・ローズは帰っておられますか!?」 どんどんと扉を叩いて、クランスが扉の取っ手に手をかける。無礼だとは知りながらもそれでもじっとしていることなんてできなかった。叩いた扉がいつまで立っても開けられないことに苛立って、クランスは扉を押し開ける。 そして床を見る。違和感。 「こ・・・れは」 青色の絨毯だったはずだ。それが何故、紫色、いや赤黒く染まっているのだろうか。 クランスははっとして、足を踏み入れた。後ろからアルバート伯がついて来ているようでステップを上がる音がした。 明かりは付けっぱなし、天井に目をやれば。 「!!」 手すりに寄りかかる何かの一部。それが人の腹部であることを知ったのはそのすぐ後だった。クランスは入ってすぐ右を見た。うつ伏せに倒れ、足が一本無い初老の男性がいる。その横顔に視線を落とすと。 「ぐっ」 クランスは口を覆った。そしてその場に膝を落とすと、胃の中が空になるまで吐瀉する。気分が悪い。こんな悪趣味ハロウィンだって無い。時期は随分すぎているし、何の悪ふざけだ。 胸ポケットから白いハンカチを取り出したクランスは口をぬぐって、まだ青い顔をふいともう一度それに向けた。 「・・・・アンバー」 つんとした胃酸の匂いと、その場あちらこちらに漂う異臭が鼻をついた。 アンバーに右眼はついてなかった。抉り取られたように、そこはぽっかりと大きな空洞が空いている。赤い肉と白い骨、そして太い糸のようなものがだらりと垂れ下がっている。こらえきれなくなって、クランスは口に布を当てたまま、階段を見た。 「!! ステラ!」 階段を丁度下りたところに一人の娘が倒れていた。こちらに頭を向けて横になっている。瞼は完全に閉じられておらず僅かに開いたそこから見開かれた瞳孔がちらちらと覗いた。口から糸を引くように行く筋も赤い線が伝い、彼女を抱き起こしたクランスはその血が随分渇いていることに気がついた。それにこの体、体温が無い。首から胸にかけてざっくりと切り裂かれ、体はがちがちに固まり、唇はすでに紫色だ。 クランスに医学的な知識は無い。けれど、これは生きている人間の身体ではなった。体から魂が抜け落ちた状態。 つまり。 「しんで・・・る、のか」 背中の辺りはまだ暖かかったような気がしたが、それはきっと気のせいなのだろう。 クランスはステラの体から呆然と手を離した。鞠のように、思い弾力のそれは一度小さくはねて転がりうつ伏せになって静止した。まるで子供が人形をうっかり落としてしまったように。 ああ、どうすれば。いったいどうすればいい? 真っ白になったまま何もかものが停止してしまう。考えることなど、出来ない。 その時、ポン、と肩が叩かれた。 我に返ったクランスは、そちらを振り返った。 「あ・・・・・アルバート、伯」 「クランス。落ち着きなさい。落ち着いてどうすればよいか考えるのです」 相変わらずの冷静さ。場合が場合でなければクランスは笑っていただろう。 いや、彼は笑っていた。笑うしか出来なかった。 「アハハ・・・・・・・ハ、ハハハハ」 人形が壊れたように笑うクランスをアルバートは見つめた。 「どうしよう。どうしよう・・・・・ローズ、そうだ。ローズがもしかしたら帰ってきているかも」 肩に置かれた手を跳ね除けて、クランスは階段を駆け上がり始めた。階段に転がり落ちた何かの破片に躓いて、滑る。だが両手を突いて立ち上がり、つんのめりそうになりながら上まで上がりきる。 やがて、大きく扉が開く音がした。 アルバートはふっと目を伏せ、周囲の惨状に目をとどめると。後ろに立ち尽くすそれらに向かってにっこりと笑った。 「さあ、はじめよう」 終末へ向けて、最後の交響曲を。 時経たずして絹を裂くような悲鳴がセンツァバーグ邸に木霊した。
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