歯車(F A T E)




ローズから手を離した警官姿のエミリアは不審げに眉根を潜ませて、ローズを見た。ローズは後ろにしていた扉に目をやる。いつもの白い扉だ。ライオンの彫刻が施されている輪がこちらをじっと見ている。

 けれどやはり嫌な予感がしてローズは生唾を飲み込んだ。

「おかしい」

ぽつりと零した言葉に、ハッと弾かれたようにエミリアとエヴァンスは腰のホルスターから銃を抜いた。そして構えて、扉をじっと見つめる。

「エヴァ。あなたはカトリーナのそばに。わたくしは中にはいります。レディ・ローズ、あなたは足手まといですわ。エヴァなら二人は守れます。大人しく車の中にいらして・・・・」

 ローズはそれを無視して扉の取っ手に手をかけた。

「ここは私の家よ。エミリアさん。私も行くわ」

「だから、足手まといだと」

「姉さん」

車まで降りたエヴァンスがカトリーナから小さな包みを受け取ってそれを放り投げた。それは放物線を描いて見事にエミリアの腕の中へおさまった。エミリアは呆れた、というようにそれを開いて、それをローズに差し出す。

そこにあるものに、ローズは目を奪われた。首の水晶の薔薇に手を這わせる。

 薔薇の刻印が彫られた二丁の銃がそこにある。一つは黒と一つは銀で、大きさが違う。黒のほうが若干長い。

「あなたの銃ですわ、ローズ。足手まといになる気が無いなら、これを持って中に入ってください」

「でも、使い方がわからない・・・・・」

「仕様は最新型、銀のほうがコルトM1900、こっちの黒いほうがFNブローニングM1910。他の銃器は本部に保管されていますわ。使い方なら、あなたの体がおそらくご存知でしょう。100年前とは当然性能も威力も反動も何もかもが違いますけれど、その腕が衰えるはずありません。あなたは本物。だからきっと身体が覚えていますわ」

 銃を握ったことなど記憶に無い。かたと震える手に銃を取る。意外にずっしりと重い。素人以下、というように判断を下したエミリアはローズの右手から黒い銃を取り上げて、それを布に包み、弟に放り投げた。

「危なくなったらすぐに退却します。後方支援が期待できませんから、本部と連絡が取れれば安心なんですが・・・・有線電話の使用は、まあ短時間では出来ないでしょうね」

電線に引っ掛けて回線を接続し移動型の電話機から電気を放電しながら信号で送受信をする。短時間で一人でするのは難しいが、今はカナリアがいる。カナリアはその手のプロだ。機械にかなり詳しい。

「エミリア、心配しなくても何とかしてみるわ。警察当局に感づかれないように暗号化して送電します。エヴァンス、補助をお願い」

「というわけで安心だそうですよ。姉さん」

「はいはい。強情なところは皆さん同じですわね」

 行きますわ、とエミリアがそっとノブに手をかけた。

 生唾を飲み込んだローズは、不安が確信に変わるのを間違いなく、この時感じた。

 

 

 気を失わないようにするのが精一杯だった。鼻につく鉄錆びの匂いはむんとあちこちに充満している。ドブを攫ったような香りも鼻に纏わりつく。

 固まった血はまるでキャラメルのような光沢を放っていた。あたりは真っ暗で電気すらついていない。動悸はするし、少しでも気を抜けば意識ごと攫われてしまう。階段の上にぶら下がっているものは何か、それは、人の脚や手、そして胴。ばらばらにされた無惨な死体が転がる中、ローズは階段までゆっくり歩いていった。何かの染みがそこに広がっている。ここに何かがあったのか、それともここで傷を受けた人間が移動したのか。

 そして振り返る。

 扉の近くに倒れているものを発見して慌ててそちらに駆け寄る。

 けれどよろうとして、エミリアの手がローズの身体を静止させた。

「何を!!」

「見て気を失われでもしたら大変ですわ。銃を落さないようにするのが精一杯なのでしょう? あれを見て、そうなったらこちらが迷惑します。ですからこちらで止まって」

 腕を撥ね避けようとしてもかたかたと震える指先はいうことを聞かない。

 ローズのその様子をじっと観察していたエミリアは周囲に人の気配が無いことをしっかりと確認したうえで、こういった。

「外に出ていなさい、レディ・ローズ。やはりあなたはこの先に連れて行けませんわ。大人しく待っていてくださいね」

それだけ言うとエミリアは階段を上がり二階に消えていった。

 取り残されたローズはその場に立ち尽くすとぶらと下げた腕、指先にあるものに目を止めた。そしてさらに視線を下に落としてしまったことによって、そこにある死体に目を留めた。

「・・・・・アンバー」

 硬くなってぴくりとも動きそうに無いそれを見て、ローズは口を覆った。手から銃が落ち、鈍く音を立てて絨毯の上を転がった。その場に倒れこむように膝をついて、それを凝視する。

「ひどい」

あまりにもひどすぎて、視線をそらしたローズはそこでゆっくりと周囲に顔を向けた。

 いつの間にか零れた雫が、頬から流れ落ちた。

「ケイト、ポール、スティンフォード、アリス・・・・・エミリー」

けれど彼女がどこにもいない。ステラが。

 もしかしたらどこかに買い物に行って、それきり戻っていないのかも。けれど今日はお客様が来る日、責任感の強いステラがそんなことをするはずも無い。けれどそうであって欲しい。

 ローズは立ち上がると足元に引っかかった銃を蹴ったことすら気付かないまま、ふらふらと歩き出した。転がっている死体に躓きそうになりながら、彼女は一階を彷徨う。

 ずきりと頭が痛んだ。

 こんな時に頭痛なんて。

 唇をかみ締めて目を瞑ってやり過ごそうとすればするだけ頭痛はひどくなる一方だ。大きく息を吸ってもそれは一向にやまない。脂汗が掌に広がり、額から玉粒のように汗が滴り始める。

 ぐらぐらと足が揺れ、ローズはその場に倒れこんだ。






    

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