歯車(F A T E)




目を見開いて口から血を零している彼女を見れば、丁度心臓の位置から血が広がっている。片手に銃を握り締めながら、驚愕に固まったままの表情。滾々と湧き出ていた心臓からの血流。しかししばらくすると染みは静止しし、湧き出ていた命の水も枯れ果てた。血液は徐々に固まり、真紅の砂になる。

やはり彼女だ、と誰もがそう思った。

口を開けたまま目を見開いて、どう見ても猟奇殺人の被害者という呈で転がっていたローズの唇が、少し動いた。そして上半身を起こして、頭の後ろを押さえる。手に握っていたはずの銃が零れ落ち、膝の上に落ちた。

「人殺し               ぃ!!」

耳をつんざぐ様な絶叫がびりびりと各々の耳を打った。

 慌てて耳を塞いだエヴァ以外は皆その被害にあった。

 キーンと耳鳴りのする耳を押さえながら、エミリアはローズに笑いかける。

「どうですか?一度死んだ気分は?」

「は?」

立ち上がったローズは服の、丁度胸の上に広がる赤い砂を見て顔をしかめた。先ほどまではこんなものなかったはずだ。砂のようなそれをてにとって、手で擦り合わせるとそれは液体になって手を伝った。何故砂が擦ると水になる。いや、砂を擦ると、だ。

「あなたは一度死んだのです。レディ・ローズ。おめでとうございます。これでご自分がわたくし達と同じ、死ねない体だということがお分かりになりましたでしょう?」

結果オーライ。

 微笑を絶やさぬままエミリアはローズに手を差し伸べた。その手をとったローズはあまりのことに唖然とした。

「じゃ、じゃあ・・・・わた、私は、人間じゃ、ない?」

サーと体中の血が足に集まっていく。

 その問いにエミリアは少しだけ考えて、こう述べた。

「生理学的に言えば、人とは言いがたいかもしれませんわね。一度死んだ人間が細胞を蘇生させて生き返ることなどありえないのですからね。細胞分裂だと仮定してもその異常なスピードは説明がつきません。おそらく細胞(cell)の中にある核が変質したミトコンドリア、それから周外の細胞質気質と何らかの化学反応を起こして、損傷した細胞を即時再生する、そうした過程が出来ているに違いありません。生物構造自体は人間ですから人間とも呼べなくはありませんが・・・・・」

なんとなく理解は出来るもののそれでも聞いたことの無い言葉ばかりが並びたてられて、ローズはちんぷんかんぷんだった。

「血管の損傷についても同様の理論で説明することができると思います。損傷された血管をあるいは血液をどうやって体から生産しているのか。大量出血した場合でも死なない僕たちの体の仕組みはどうなっているのか。本来血液というのは骨盤で作られるものですが、僕達にはその働きが弱い。では血液を生じさせる働きが弱いから死ぬのかと思われがちですが、実はそうではありません。僕達の血液の中にはARH-d型と呼ばれる特殊な遺伝子配合列を持つ色素が存在しています。従来人間の血液が赤いのは、血液の中赤血球に含まれるヘモグロビンという色素のためです。無論僕達の体内にもそれと同じ色素が流れています。しかしそれとはまた別に、ARH-d型の遺伝子配合を持つimmortality-cell、通称IM細胞の色素の中に変質した細胞がさらに存在します。それが血管内の損傷や一定以上の血液を供給する基盤になっているのです。もし仮に体内を流れる一定の血液が大量に損失したとします。先ほどの僕のように。その場合は脳が神経細胞に指令を下し、神経から伝達された情報によって分泌液が放出されます。これは麻酔に似た作用がある脳内麻薬とも呼ばれているものです。これに混じって血管中に伝達物質が行き届きそこでIM細胞が反応し〇.一秒に何万個、急激な分裂を始め、あっという間に生命活動に必要な一定量の血液を生成します。体内から血液が出た、ということはおそらく肉体も損傷していることでしょうから、同様に外の外皮も再構築、あるいは複製しながら、元通りになるわけです」

 どうです? わかりますか、とそこで話を止めた饒舌男。ローズはしばらく沈黙を守っていたが顎に手を当てて、考え込み、そして一言言った。

「ぜんっぜん理解できない」

「とにかく、表面的には人間です。組織的にみると人間とは言いがたい」

「じゃあ結局どっちなの?」

答えは二つに一つ、ひどく単純で明快なその答え。けれど彼らは無言だった。

 認めてしまうことになるから。

 その答を口に出したら。

 真っ直ぐなローズの瞳は昔の間まで、現実を知っている彼女の目もそのままだった。だけど、自分たちはまだ、認められない。その瞳を直視して胸を張って答えることはできない。だから今は、こう答えるしかない。

「わからない」

「基礎レベルでの生命維持はわたくし達も人間も一緒。けれど確実に違うのは死んだ人間が急激な細胞蘇生で蘇ること。これは魔術や、死者蘇生、そういう類の眉唾物ではなく、現実に起こっているごくごく科学的な問題ということが出来ますわ」

 現実で起きている事柄の方が信じられない。

 けれど口に出すことはためられて、結局ローズは口をつぐんだ。そのかわりに別の質問をしてみる。

「あなたたちは、何故そんなに詳しいの?」

「ああ。それなら簡単です。僕達姉弟は研究者ですから」

「え?」

「エミリア・シーンズ・フォード、エヴァンス・シーンズ・フォード。有名なドイツの製薬会社、医療研究所、初代創立者がこのわたくし達ですわ」

「ええ!?」

 確か、聞いた話では今から百年も前に設立された研究機構のはずだ。錬金術が一世を風靡していた頃には、もっと小さな研究所だったと聞いたが、百年も前の人物が目の前にいると言うことなどありえるはずも無い。

「嘘」

「嘘じゃないんですよ。これが。言ったでしょう。死ねない体なんですって」

「わたくし達の外見年齢は、ある事柄を中心に静止しています。その事柄についてはわたくし達の記憶はひどく曖昧で、きっとあなたの方がよくご存知ですわ。レディ・ローズ」

「正確な年齢はもう忘れてしまったんですが、僕達は一七五〇年代には既に存在していました。カトリーナはもう少し古くてですね、一五九〇年代後半に、フィリップは」

「あの野蛮人は11世紀、つまり千年後半の過去の遺物ですわ、エヴァ。Kについてはわたくしもよく知りませんの。これもあなたと、それからクロウ・リーだけが知っていることですわ」

全く姿を見た事の無い、そのクロウ・リーなる人物について、いくら尋ねても彼らは何も言わなかった。ただ黙々と沈黙を守り、顔をそらし冷や汗をたらすだけだ。

「そして、あなた方二人は・・・・・・」

それが、ローズとクロウ・リーを指すということを知ったのはもう少し後。

「あなた方は、紀元前百年前後。カエサルがケルト人を追放した折りに捕らえられた、おそらくは原始のもっとも血の濃いケルト人。そう、わたくし達は聞いています」

「・・・・・・・・・・・・・・」

キリストの誕生年はいつだったっけ。

 ぼんやりと虚空を眺めるローズにエミリアは息を吐き零して、肩を叩いた。

「しっかりしてください。ローズ。全てはあなた方から始まったんですよ!!」

死んだ魚のようにぼんやりするローズの襟をつかんだ誰かが、そのまま激しく揺さぶった。






    

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