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歯車
「ローズ!!」
パンと頬が叩かれて、ローズはうっすらと目を開けた。見れば、銀の髪がさらさらと視界に映りこむ。ああ、綺麗だな、と思いながらローズは目を開ききった。注がれているのは紫紺色の瞳だ。煙るような、不思議な瞳をしている。端整な顔がほっとしたように緩んだ。
時代外れの黒いフロックコートを着ている男は、ローズの身体を抱えていたようだ。
ああ、これはきっと夢なのだ。もう一度目を閉じようとして、ローズは鼻にかかる異臭に顔をしかめた。急激にまどろみの中から引き戻されたローズははっとして上体を起こす。
「ここは」
「倒れていた。だから、見つけて引き起こした。怪我は無いか?」
耳に心地よい低音がすぐ傍で響き、ローズは頷いて立ち上がった。
これは、夢の続きではないのか。
あちこちに転がる死体。そして死臭と血痕。
「ローズ。お前の銃だ」
男はローズの傍で立ち上がり、銀色の銃を差し出した。薔薇の紋様が刻印されているそれを。頷いて握り締めたのはいい。けれど体が震える。いったい何故こんなことになってしまったのだろう。自分が、何をしたというのだ。
震えるローズを見て、男は目を瞑った。まだ、記憶が戻っていないらしい。記憶さえ戻ったなら、こんなことに打ち震えるような弱い女性ではないことを自分は誰よりもよく知っているから。
けれど、そうも甘やかしている暇は無いのだ。
「ここへは誰と来た?表にいたのはエヴァンスとカナリアだった。他には?」
「ええと、確か二階にエミリアさん、が」
ダン、ダン。
銃声が轟き、ローズは顔を上げた。
男の傍をすり抜け、階段を上がる。スカートがもたついて、上手く走れない。破ってやりたい衝動にかられながら、ああ、何でズボンではないのか、と思う自分がある。
最上段を足が踏んだときスカートの裾に躓いて前に転げた。その隣に、いつの間隣にいたあのフロックコートの男がもたつくローズの腕をつかんで引き上げた。
「ありがとう」
「行くぞ」
頷いて、スカートをたくし上げたローズが男の後を追って走る。
廊下を走っていたローズは男が開けようとしていた扉を見て活眼した。ここはティーサロンだ。通常であれば、父と母が読書にいそしむ部屋。まさか、と嫌な予感が頭を過ぎり、ローズは生唾を飲み込んだ。
カチカチとはがなり、一歩も動くことが出来ない。
けれど男はそれにかまわず、扉を開けようとノブに手を伸ばした。
「!!」
木片が、まるで滝のように目の前を飛び散った。
押し出されるようにして叩き出され、向かいの壁に背中を打ちつけたのはエミリアだった。吐血をして、そのままずるずるとしゃがみ込む。
「エミリアさん!!」
硬直していた足が、解けた。急いでそこへ向かい、額から血を流すエミリアを抱き起こす。
「油断しましたわ。骨が折れたみたい・・・・少しだけ、時間がかかりますわ」
息をつけば、肺から気泡と一緒に血液が口いっぱいに広がる。それを吐瀉して、エミリアは口をぬぐった。
がらりと木片の中から先ほどの男がむくりと立ち上がった。どうやら巻き込まれたようだ。エミリアはそれをみるなり瞠目し、そして赤い唇を歪めた。
「おいしいとこばっかり・・・・いやになりますわね」
目を閉じて、動かなくなったエミリアをみて、ローズは硬直する。けれど小さく胸が上下していることから、死んではいないことがわかる。いや、死ねないのだ。
ぱらぱらと頭にかぶった木片と埃を払いながら、ローズは髪の毛をぐしゃぐしゃにほどいた。小さな痛みが頭皮を襲う。
扉を壊したことによって生じた白煙は徐々に薄まり、そこにあるものが鮮明になった。
だらりと両手をぶら下げて、赤い目をした、それを。
「ひっ」
喉の奥で小さな悲鳴が上がる。
むき出しの歯は研ぎ澄まされ、今まで見たどの野獣よりも巨大だ。それは屈みこむと、ローズの方を捉え、にやりと笑った。
「っ」
「ローズ、撃て!!」
撃てといわれても撃ち方なぞわからない。それよりも身体が動かない。
両手に構えた震える銃をそれに定め、ゆらゆらと銃口をそれに向ける。引き金に手を当てて、そこで。
「撃て!!」
「っ・・・・・・!」
目を瞑ろうとした。
出来なかった。
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