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歯車
だって、それは。 「ステラ!!」 異形であることには変わり無い。けれど、姿形はほぼ同じ。だらりと下げた手に、口から滴った涎が零れ落ちる。ぶらぶらとそれは左右に揺れながら、にたありと笑んだ。 「や・・・・・・だ、ステラァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」 絶叫が響き渡るのとそれがこちらに走り出したのはほぼ同時だった。 「ローズ!!」 切迫した緊張がローズの身体をがんじがらめにする。 クロウは取り出した銃をローズに走りかかるそれに向けて定めた。けれども不規則な動きをするものだから、射軸がズレればローズの身体を撃つ事になる。万が一にでもそれれば。 「何してんだ!! このボンクラ!! さっさと撃てって言ってるだろうが!!」 声は自然とローズの喉をついてでた。 はっとしたのはローズだけではなく、男の方も一緒だった。 「ローズ、伏せて!!」 エミリアの声がローズの耳に届き、反射的にローズは身を屈めた。 二度、渇いた音が廊下に木霊した。木霊した音と、それが断末魔の絶叫を上げたのはほぼ同時だった。どっとローズの足元に倒れこんだ化物は、変色しきった紫色の腕を必死にローズに伸ばす。 「・・・・・・オジョウ・・・・サマ」 頭部に後ろから一発、腹部に後ろから一発。急所を狙った攻撃は間違いなくそれの心臓を打ち抜いた。異形の化物はやがて静止し、手を伸ばしたローズの手をすり抜けるように砂となって消えた。 「ス、テ・・・・ラ?」 服がその場に落ち、静かな静寂が戻る。 ぼんやりと座り込むローズの腕を男の手が引いた。 「立て」 「ステラ? 妹のようなものだった。明るくて、髪を勝手に梳くとすぐ怒って、トマトのキッシュを作るのがとても得意で、さっきまで、そこにいたのに。さっきまで、笑っていたのに。 「立て」 再度男が言った。 「いやよ」 「ローズ」 「いや!!」 ローズはつかまれている腕を振りほどこうと抵抗をした。腕を横に凪ぎ、男の手を引き離す。 「触らないで!!」 服だけになったステラの服を、のろのろとした動作でローズがつかみ引き寄せた。そして押し殺した声で、泣く。 「ローズ・・・・・」 呆然とどうしていいかわからないまま立ち尽くしている男をエミリアは見た。 抜いたままの銃を持って、エミリアの傍まで行くと、泣いている彼女の傍に落ちている銃に手を伸ばす。これはまだ、早かったのかもしれない。 暗闇で、蠢くものがある。 渇いた音が空気を振動させ、何かがこちらに歩み寄りながら手を叩いているのだ、ということがわかる。 ローズはふっと顔をそちらに向けた。涙にぬれた頬に誇りと汚れがこびりついている。 「なかなか、楽しい芝居でしたよ。レディ・ローズ」 この声は聞いた事がある声だ。 ふらりと立ち上がったローズはそれを凝視した。 ずるずると音がして、それが何かを引き摺っているのだということがわかる。 「・・・・・・・・・・・・・アルバート、伯?」 ギリシア彫刻のような整った面立ちの男はそこに立っていた。にやりと微笑んで。 片手には何かの人形を引き摺っている。人のような形をした黒い塊。みたことのある髪の色。アルバート伯は距離を取って静止した。暗闇の中で浮きあがるようにそれが見える。 ローズの背後のエミリアが身体を緊張させた。 「クロウ・リー・・・今はまだ、ダメ」 殺気をまとって嫌悪に顔を染め上げているクロウに声をかけながら、エミリアは銃に手を這わせた。 「ああ。いい観劇を見せてくださったお礼に、こちらを差し上げましょう」 そう言って、彼はポケットの中から四角い箱を取り出して、ローズに放った。 クロウはそれに向けて銃を乱射し、ばらばらにそれは砕け散る。銀の光が空を跳ね螺旋を描きながら、真っ直ぐにローズの元へ落ちてきた。受け取ることが出来ず床にそれが転がった。ころころと転がることもなく、絨毯の上に埋没したそれは丁度ローズの足先だった。 銀の光を放って、それがローズの視界に捕らえられた。
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