歯車(F A T E)



 唖然としてそこにぼんやりと立っていた一人の警官は、新たにこちらに走ってくる一台の車を見て目を丸くした。

 車から一人の人物が降り、こちらに歩いてくる。それはギリシア彫刻のような端整な顔をした美男子である。

「いったいどうしたのですか?」

と彼は新米の警官の一人に尋ねた。

 警官はその顔に見惚れながらも、任務という言葉に理性を取り戻し、敬礼をした。

「はっ。申し訳ありませんが、事件の捜索につき、一般人の立ち入りは禁じられております」

「私は、この家に招かれているのだが。・・・・どうかしたのですか?」

「どうした」

 家から出てきたのは、切り裂きジャックを追って英国からやってきた旧知の捜査官の一人だった。警部の旧来の友人である彼はその紳士を見るなり目を丸くした。

「無礼者!! この方は、英国の名のある伯爵だ。・・・・・全く、これだからアメリカのヤンキーは。   失礼致しました、伯爵。おひさしですな。ロバート・ヨザックです。あなたとは十年前にお会いしたきりだが、あれ以来どうなさっておいでですか?」

 ヤンキーといわれた新米警官は持ち場へ戻り、ロバート・ヨザックなる人物の名前を頭に叩き込んだ。彼は生涯のこの名を忘れることがなかったという。

「ええ。よく覚えておりますよ。しかし、いったいどうなさったのですか? 私は今日この家に招かれているのですが」

「この家に? ・・・・そうでしたか」

「どうしたのですか?」

「中にはお入りにならないほうがよいと存じます。ひどい有様で、誠に残念です。・・・・・伯爵、切り裂きジャックを御存知ですか? 今まではどうも不特定他数の人間を狙っていたようですが、ここに狙いを定めたようで。いや失礼、皆殺しとはひどいものだ。この様子では拉致をされたご令嬢も」

「レディ・ローズがどうかしたのですか?」

「ああ。数刻前に、警察当局が彼女の身柄を保護しましてね。ニューヨーク港のアッパー・ベイに放置されていたところを発見したのです。すぐに自宅に送り届けさせたのはいいのですが、いつになっても当該の警官が帰ってこない。そしてこの有様です。ひどいものだ・・・・ああ、事件は、匿名の電話で事件が発覚したのですが。いや、実に酷い。奇妙な事件だ」

「ではご令嬢は?」

「今探させておりますが、絶望的ですな」

すると家の扉の中から一人の割腹のよい男が出てきた。その人物は不審げにアルバートを一瞥すると、ロバートを呼びつけた。

「伯爵、少し、失礼します」

 ロバートはそう断わり、自分を呼んだ男のそばに駆け寄った。

「どうした?」

「見つけたぞ。ロバート。令嬢の部屋だ。随分酷いもんだ。警官があれを見て二人も倒れた。情けないが仕方がない。   令嬢は顔がわからないほど刃物で切りつけられていた。その後暖炉の炎で焼き付けて顔すらも判別できないようになっている」

「何故令嬢だと?」

「病院に搬送されているクランス伯とご令嬢の婚約の事は新聞にも出ていただろう。結婚指輪だよ。死体の左手の薬指についていた」

ああなるほど。それでわかったのか。

頷き同意しあって、ロバートは男に少し断るとその場からいったん離れこちらに歩いてきた。

「アルバート伯。残念ながら、ご令嬢は・・・残念です。私はこれから捜査の方にもどります。あなたはこれからどうされますか?」

「そうですか。それは残念です。・・・・・・私はこれからクランス伯の見舞いに行こうと思います。彼の様子について何かご存知ですか?」

ああ、それなら、とロバートは懐から一枚の紙を取り出した。

「こちらにその搬送先の病院の住所が書いてあります。私が聞いた話だとひどい外傷で右目は失明だとか。一命は取り留めているものの、ひどく何か鋭いもので切り裂かれたような傷があると。むごいやり方だ。切り裂きジャック(JacK The Ripper)

ロバートはでは、と頭を下げると後ろで縮こまっている部下に行くぞ、と小さく言葉をかけ家の中に入っていった。

 アルバート伯はその紙を丸めてポケットに押し込み、笑みを浮かべて車に乗り込んだ。

 一度だけそこを振り返ったが、後はもう興味がないとばかりに目を閉じた。






    

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