記憶(T R U T H)



リーは石のおかげで目は再生したけれど、アイザックは。嗤いながら、リーに向かって切りつけようとしたから私は。気がついたら、アイザックが殺されていた。血まみれで、蘇生には時間がかかるだろう、というくらいに。曇天の空の中、雪はとめどなく降り続いている。

 リーは私の体を起こしながら、アイザックを見た。彼がなんと言ったのか、私はもう思い出せない。けれどこれが決別だった。

 きっともう、昔。ずっと昔。誰にも利用されることなく研究に没頭していたあの頃には、いや、野山を駆けずったり一緒に昼寝をしたりすることは無いのだろう。その日は、二度と来ない。

 凍えるような凍土の中半身を消失したアイザックをそのままに、私達は東へ向かった。

 年月が千を数えても相変わらず人は争いをしていた。十字の旗を掲げた妙な奴らがあちこちの土地を血みどろにしている。民衆にとっては迷惑なことだ。それから99年後。エルサレムに来ていた私とリーはそこで死にかけの野獣とであった。馬鹿な男でどうも上官に逆らって殺されたらしい。妻も子も殺され、ここまで着たのはいいが正論を言ったらぶん殴られた、といった

男の片方の目は凝って、もう見えていないらしい。一方の目も、見ているのか見えていないのか。

 妹が一人いると彼はいった。結婚式にでてやるまでは死ねない、とも。馬鹿なやつだと去ろうとした私の足をつかんで野獣はいった。

『死神なら魂を持っていけ。いかないのなら俺を生かせ』

 と。私は死神ではないと説明したら、男は笑ってどっちでもいい、といった。どうせ死ぬなら、どうでもいい、と。だから。

 小さな子供が一人後ろをついてくる。黒い髪の子供だ。見たことも無い珍しい服を着ている。まあ、それも仕方ない。何せ砂漠の上を歩いているのだから。遠い西側の国から見世物としてつれてこられたらしい子供だ。

 フィリップがこけた子供に駆け寄った。

リーは隣で嘆息した。自分はもう諦めていた。

 子供は元という国の子供だと名乗った。皇帝の息子で、名を   

 歩いていた子供の背中を大きな刃物が穿った。一緒に歩いていたフィリップはそれに首を切断させられた。子供はフィリップにすがりついた。リーが刃を穿ったそれを絶命させた。フィリップが私に叫んだ。子供に問えば、子供は。

また西にやってきた。人も増えた。子供も一人いる。途中で何人か拾って、もう疲れた。もう、どうでもいいや。森の傍で家が燃えていた。一人の女性が悲鳴をあげながら転がり落ちてくる。全身重度の火傷で、なぜかフィリップが彼女をかいがいしく世話をしKも彼女に随分なついていた。仕方なく、彼女の傷が癒えるまでここにいようということになったけれど。彼女はその家事が原因で視力を失った。片目が見えないフィリップは怒り狂って、一人で彼女の家を焼いた人物に怒鳴り込んだ。

とばっちりを受けて魔女扱いをされた私は牢獄に閉じ込められ、明日は火刑だと。死ねるものなら、死んでしまいたい。

一緒にいた少女が、どうやらあの火傷の女性の妹だということを知った。

翌日、火刑は実行された。リーのおかげで私は片手が燃える程度だったけれど女性の妹は助けられなかった。言付けを受けて彼女の下へ行けば、綺麗な目をしてこういった。

『生きたい』

だから。

ドイツに向かった。世間では錬金術とか言うものがもてはやされているそうだ。まあ、卑金属を貴金属に変えるとか言う方法や、不老不死が研究されているらしかった。よくは知らないが、サン何とかと言う伯爵の弟子として二人の錬金術師が生命の水という赤い水について研究をしているらしい。まあ、とにかくこの国では最盛期らしい。

双子の研究者に会った。一人は腹黒、もう一人は性格のよさそうな美女だ。父親のために不老不死の研究をしているのだそうだ。彼女たちの父親は不治の病を患っているのだという。

どうも彼らの師匠は不死者らしい。彼らの師匠は切っても死なないし、首を刎ねても再生する。何か、細胞とかいうものを研究して新しい生物を生み出そうとしているのだそうだ。

嫌な予感がして、さっさと弟子を辞めるように忠告すれば、こっぴどく美女にしかられた。けれど、それは確信へと変わった。

姿を造りかえられた彼女たちの最愛の父は彼女たちに牙をむき、カトリーナを一度殺した。伯爵は、アイザックだった。彼は去り、瀕死の双子の姉弟は己の運の悪さと自分を呪った。けれど一言、彼らはこう言った。

『生きたい』

何千回と繰り返されてきたその言葉に、最後だと自分を戒めて、私は彼らに問うた。

体の中にあるのは赤いもの。血よりも濃く、赤いもの。それが溶け合って、自分の身体を永遠に生かし続けている。取り除いても取り除いても抉っても、それはどうにもならなかった。どこにあるのすらわからず、自分ではできないとリーに頼んだこともあった。けれどリーはそれを拒んで、ただ自分の身体を抱きしめる。

リーはついて来なくてもよかったのに。自分にはそんなことはいえなかった。

優しすぎる彼の好意に甘えて、ずるずると巻き込んだのは自分。酷いことを言って、失望させて、突き放そうとしたのは、いつだって自分だ。

全ては闇に閉ざされていた。生きることなんていいものか。



 死ねるものなら死んでしまいたい。



 死ねないから、誰か殺して。






    

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