閉幕(S T A R T)




一九一一年に起きたこの奇妙な連続殺人事件は、こうして終幕した。切り裂きジャックなる連続猟奇殺人犯による事件はセンツァバーグ一家惨殺で幕を引き、アルバート伯がその犯人として特定された。

 数々の証拠品は彼が犯人ではないことを物語っていたが、事件当夜、警察にもたらされた匿名の情報提供者が犯人の名を告げた。その名は、イギリス伯爵号を持つアイザック・G・アルバート。

 また事件担当に当たっていた警察関係者が彼を犯人と認めたことにより、逮捕に踏み切った。その事実を隠していた上層部の警官、ロベルト・アッシュ巡査部長を含む以下四名は懲戒免職などの処分を受けた。これをうけて警察当局は125日に彼が滞在していたホテルを取り囲み、彼が投降しなかったため最上階のスウィートルームへ強行突破した。部隊が到着した時には、既に彼は拳銃で頭を打ち抜いており、死後四時間が経過していた。殺人の動機については一切わからず、この奇妙な事件は後味の悪い終劇を迎えたのだった。

翌、二月の末日にクランス伯は退院した。皮肉にも婚約者を殺した友人の病院で治療を受けていたクランス伯は右目が失明するなど大きな外傷はあったものの、身体機能としては万全に回復し、明日出航の英国便、セントルイス号で母国への帰途に着くことを発表した。彼は友人の遺した病院関係の仕事を自らが手がけている造船業とあわせ事実上吸収合併する意向を固めた。同日、彼の代理で先方関係者と協議が行われ、アルバート伯が所持していたそれらの施設や研究所はクランス伯所有となった。

これによりクランス・フォン・クライストガーデンは、アメリカ・英国でも有数の大企家として、名実共に広く知れ渡ることとなる。





そして五月。

晴れた空の下で一人の婦人がそこにしゃがみ込んでいた。ここは墓地。教会の所有する墓地だ。刻まれた文字に名は無い。センツァバーグ家、墓碑。そこには三名の名が刻まれるはずだったが、遺言によりそこに名は無い。

遺言状はセンツァバーグ伯の旧来の友人であったグランド・ロウが所持していた。娘のみに何かあれば、娘に渡して欲しいと書かれてあった。

赤く美しい髪の毛をした婦人は手に持っていた真紅の薔薇(crimson rose)の花束をそこにそっと置いた。

ローテローゼという名の美しい薔薇を。

さやさやと梢が揺れ、暖かな陽だまりの光が降り注いでくる。

墓地の入り口に車が一台止まった。その車から五人の人物が出てきた。二人の女性と二人の男、一人の少年である。金髪の美女は窮屈そうな胸をしかめっ面で見て、隣の女性と腕を組んで歩いてくる。卵色の女性はふくれっつらで歩く少年を手で引いていた。

少年は隣に立つやたらと図体のでかい男を睨みつけ、男は片目で少年を見下していた。金髪の美女と同じ顔立ちをした青年が緑色の目を向けた。そして手を振る。

「ローズ、クロウ・リー! 時間ですよ」

今日はこれから英国に向けて船に乗るのだ。グランド・ロウが手配した船に乗って。

運転席から一人の男が降りてきた。どう見ても柄の悪そうな40代を幾ばくか過ぎた男は、真新しいイングリッシュコートをまんざらでも無さそうに着て、口に象牙のパイプをくわえていた。

「早くしないと船に乗り遅れるぞ!」

 やれやれと肩をすくめて婦人は立ち上がった。手に持つパラソルをたたんで、背後の男に微笑みかける。彼は相変わらずあの古くて野暮ったいフロックコートをお気に入りのように着ているけれど、似合っているからいいという妙な自信にそのままになっている。

 まあいいか、とローズは思って、ぼけっと突っ立つ青年の手を引いた。その左手にはローズとおそろいの銀の指輪が光っている。

「次は英国か」

誰の胸にも同じ言葉。

 それでもローズはにっこりと笑って振り返った。

「どこにいても、信じてるよ、君を」

だから行こう。英国へ。

 への字に曲げていた口を少しだけ上げて、そうだな、とクロウは微笑んだ。





(FIN)




    

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